座談会を終えて

座談会ではJASTJの30年間の歴史を振り返りつつ、今後の科学ジャーナリズムや会の活動のあり方など未来を志向する議論が交わされた。参加者15人による、わずか2時間15分の議論だった。時間の制約から言い尽くせなかった思いの残った参加者もいただろう。座談会を終えて参加者の「ひとこと」、感想をお伝えしたい。

■ 異なる世代間と対話、キーワード捜す 

佐藤年緒(司会)

最初の議論、「30年間の振り返り」に当たっては、比較的活動歴の新しい世代が「そもそも…」の疑問を投げ掛け、その疑問に創設時からの歩みを知るシニア世代が応答する“対話”ができたことをうれしく思った。

現在JASTJは幅広い年齢層の人が集う。トップは80歳代の会員、若くは科学ジャーナリスト塾などの活動に参加する20,30歳代まで。会員の属性も大きく変わり、新聞や放送などオールドメディアの出身者だけでなく、個人が発信、活躍するライターやコミュニケーターなども参加する組織になっている。

30年間にインターネットがメディア環境を激変させ、我々は「AI時代にどう向かうか」という新しい課題に直面し、世代を超えてともに目指すべき方向やキーワードを探し出す議論の場にもなった。もちろんメディアの変容があっても科学ジャーナリズムに変わらぬ精神とは何かを考える機会を与えられた。

多忙極まるメンバーたちだけに、多くが参集できる日時に開いたオンライン(Zoom)での約2時間。貴重な意見交換の一字一句を自動的に文字化するZoomの機能を活用したが、こうしたノウハウに詳しい亀松太郎さんや藤田貢崇さんにバックアップいただいた。編集に関しては、井内千穂さんと高木靭生さんに特に協力いただいた。

この座談会の記録によって、会発足の経緯や精神、そしてAI利用の認識も含め、世代を超えた理解につながることができれば幸いである。

■ 激変の時代 高まる科学ジャーナリストの役割

高木靭生

JASTJ創設30周年を機に開かれた座談会に参加して何よりも強く感じさせられたのは、AIの威力だった。新聞記者として現役だった頃、いくつもの座談会を記事化する作業をしたが、必死にメモを取って発言者の言葉をわかりやすく正確な文章にするのに大変な労力を割いていたことを思い出す。

今回の座談会では、そうした作業の多くをAIがやってくれた。もちろん最終的には私たちがその文章に手を入れる必要はあった。しかし、AIにより多くの学習をさせることで、より完成度の高い記事が書けるようになるのだろう。

新しい科学技術が世の中を変える大きな原動力になることは、かつての産業革命を見ても明らかだ。社会にさまざまな軋轢をもたらしながらも、新しい時代を創り上げていく。ときには大変な犠牲を強いながら‥。

JASTJが30周年を迎えた今は、まさしくそうした激変の時代にある。AIやネット社会の深化によって、報道の在り方もコミュニケーションの方法も革命的な変化を遂げつつある時代だ。マスメディアが活字や放送といった旧来の手法から様変わりする中で、社会のありようが地滑り的に変化して来ているのは、先の参議院選挙の結果を見ても明らかだ。こうした変化は決して止められるものではないだろう。今回の座談会に参加して、改めてそんな印象を強く抱いた。

問題は、科学ジャーナリズムがこうした変化の時代にどう対応すべきかであろう。社会の変化がAIに代表される最先端の科学技術によってもたらされている今、その役割はますます大きくなる。ただ、変わらないのは座談会で武部さんも指摘した「社会の番犬(ウォッチドッグ)」の役割だろう。科学ジャーナリストの役割と責任がより大きくなることは疑いない。

私には決してできないが、JASTJ60周年を迎える30年後に今回の座談会の記録を読み返したらどんな思いを抱くことだろう。

■ あらためて知る科学を伝える情熱

藤田貢崇

JASTJの設立経緯やJASTJに所属する方々がどのような理念をもって活動されているかについては、この座談会でお聞きする前から『科学ジャーナリズムの世界―真実に迫り、明日をひらく』(2004年)など、JASTJの会員によって著された書籍から知る機会がありました。座談会で参加者のお話や質疑への応答を聞き、改めてJASTJのメンバーがどれほど科学を伝えることに情熱を持っているかを知ることができました。

近年はマスメディアに対して批判的な意見もSNSなどを通じて流れることがありますが、マスメディアが科学技術について明らかになっていること、まだわからないことを明確に社会に発信する科学ジャーナリズムの重要性を再認識することができたと感じています。

報道各社に所属する科学ジャーリストの専門集団として設立したJASTJですが、現在では大学の研究・教育に携わる私のようにジャーナリズムを本業としない人々もメンバーとなることができるようになり、多様な職種の人々が集まる組織となりました。さらに近年では、隣接領域である科学コミュニケーションに携わる人々の組織も立ち上がっており、JASTJの独自性や公共性がこれまで以上に注目されるだろうと感じました。

■ 志を共有し、集える場に

杉村 健

JASTJ設立の経緯や、会員を科学コミュニケーターへと広げていった流れについて、興味深く聞かせてもらいました。マスコミ各社の科学記者が肩身の狭い思いをしていたなかで、ライバル同士でありながら共闘しようと集まったという話には、「合従連衡」の合従策(強国に対抗するために国々が同盟する戦略)を思わせるものがありました。

2004年、私が大学院生のときに科学ジャーナリスト塾に参加した際には、「特別な世界」に足を踏み入れたような感覚を覚えました。第一線で活躍する科学ジャーナリストの方々と直接ふれあえたこと、そして科学ジャーナリズムに対する問題意識を実感できたことは、今でも大きな財産となっています。

WebやSNSの普及によって、既存メディアにとっては「伝えること」が難しい時代となりましたが、一方で、同じ志を持つ人々がつながりやすい時代でもあります。残念ながら、社会全体で見れば科学ジャーナリズムの志を共有できる人はまだ少ないように感じますが、そうした人たちが肩身の狭い思いをせず、立場や所属を超えて集える場として、JASTJがその役割を担っていけたらよいと思いました。

■ 多様な生身の人間が意見交換する価値

井内千穂

JASTJ創設の経緯や理念を大先輩会員の方々から直接うかがう貴重な機会でした。また、インターネット普及の功罪をめぐる議論も興味深く聞きました。さらにAIの時代に突入する今、生身の人間のやり取りの価値を改めて感じる座談会でした。

玉石混交かつフェイクも飛び交い、人気だけが指標になりがちな今の情報空間で、信頼できる情報を伝え続けるという既存大手メディアの矜持を示す発言が印象的でした。一方、受け手側も多様な情報を咀嚼して批判的に考察するために、「幅広い人たちが議論する場」が重要だという意見にも強く共感します。

座談会の中で、AIトークの音声を聞く場面があり、資料の二次加工として、ここまで人間の会話に近い音声を生成できるようになったかと「感心」しました。しかし、AIトークには、人の肉声に込められた考えや思いに触れるような「感銘」がありません。AIには実感や意見がなく、単にパターン認識で次の言葉を発しているからでしょうか。JASTJは、既存大手メディアの担い手も、情報を批判的に検討したい受け手も参加する「会議」として、生身の人間が建設的に自分の意見を交わす場であってほしいと願います。

ますます混乱していきそうな情報空間にあって、できる限り適切な判断に努めるには、職業的な記者や編集者に限らず、「ジャーナリストの精神」が広く社会で共有されることが望ましいと思います。「隠された問題点を掘り起こし、社会に警鐘を鳴らす」ことは、AIが取って代わることができない、人間のジャーナリストの役割でしょう。座談会の中でも課題として言及された、JASTJの「テクノロジーアセスメントの機能」の模索に、微力ながら参加したいと思いました。