科学ジャーナリスト塾第19期(2020年9月〜2021年2月)塾生の作品

JASTJでは、毎年、科学ジャーナリスト塾を開催し、いかにして科学を社会に伝えるかを学び合う機会を設けております。このたび第19期の塾生がそれぞれの課題に取り組み、独自の切り口で取材をして作品制作に取り組みました。作品を紹介します。

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地球外知的生命体はプラネタリウムで夢を見るか

はじめに

 宇宙に思いを馳せるとき、誰もが一度考えたことのある疑問は「他の知的生命体はいるのか」というものではないだろうか。そして特に、そういった思いを馳せる場として身近なのが、プラネタリウムである。ドームに投映されるたくさんの星を眺めていると、「私たちはこの広い宇宙で唯一の孤独な生き物なのか」と思わされる。

 でも、もしかしたら他の星の知的生命体もプラネタリウムで同じようなことを考えているかもしれない。そんな疑問を解決するべく、国立天文台の縣秀彦さんに他の惑星の生命体について聞いてみた。

               

地球外生命体がいる可能性のある星は?

武中:もし宇宙に生命体がいるとしたら、可能性が高いのは系外惑星だと考えられています。そもそも系外惑星とはどのような星なのでしょうか。

縣:系外惑星というのを一言で言うならば、「太陽系外にある惑星」ということになります。宇宙には太陽のような恒星が、非常にたくさんあります。例えば、太陽系が属する天の川銀河だけでも数千億個。その恒星の周りに存在する「惑星」が系外惑星といえるでしょう。

武中:生命体が存在すると考えられている星はあるのでしょうか?

縣:確実に存在するといえる星はまだありません。太陽系でも火星、木星や土星の衛星などで生命体の可能性が議論されることはありますが、今のところ見つかっていません。系外惑星についてはどうかというと、「人類には生命体の可能性について調べるだけの能力がまだない」というのが正直なところです。系外惑星はあまりに遠いため、実際に行って確かめることは出来ません。そして、恒星に比べてずっと暗く小さいため、詳細を調べるのも難しいのです。

武中:縣先生自身は、地球外生命体はいると思われますか?

縣:最近は、水を液体として表面に維持することが出来そうな系外惑星が、10~20個ほど見つかっています。今後さらに増えていくでしょう。このことからも、個人的にはいると思っています。特に地球に近く通信が可能な距離に存在して欲しいですね。例えば、太陽系から最も近くにある恒星であるプロキシマ・ケンタウリに見つかった系外惑星(図1)。

 この星は、中心星であるプロキシマ・ケンタウリまでの距離がかなり近いため、地上に降り注ぐ放射線の量が高く、生命の存在については疑問が残ります。ただし、プロキシマ・ケンタウリは低温の赤色矮星のため、惑星の表面には水が液体の状態で存在できるかもしれません。他にも条件が揃えば、生命体の可能性は0ではないでしょう。

図1:プロキシマ・ケンタウリb表面の想像図。明るく描かれているのが中心星のプロキシマ・ケンタウリで、その右の2つの点は共にプロキシマ・ケンタウリと共に3連星を成すリギル・ケンタウルスとトリマン(提供:ESO/M. Kornmesser)(AstroArts)

 

知的生命体がプラネタリウムを作ったら

武中:知的生命体がもし宇宙に存在していたとして、その星にプラネタリウムは存在するでしょうか。

縣:そもそもの話として他の星の生き物が可視光を見ているかどうかはわかりません。視覚というものを重要としない生命体ばかりだったら、遠くの星の光なんて知りようがないですからね。こういった生き物には必要ないものでしょう。

武中:プラネタリウムというのはプラネット、つまり惑星の運行から生まれたとされています。もし、他の惑星の存在を知らない生命体がいたら、プラネタリウムというものは生まれないのでしょうか。

縣:その可能性は大いにありますね。そもそも人類も金星や木星などの惑星がなかったら天文学に興味を持たなかったかもしれません。そしてもし月がなかったら、空は太陽以外に変化のない味気ないもので、その様子を詳しく観察してみようと考える人々も生まれなかったかもしれませんね。

 そう考えると、目という感覚器官や月・惑星によって私たちがこのような疑問を持ったように、地球に住む私たちにはない何かによって、天文学の大きな発見を私たちが見落としている可能性もありますね。

武中:他の星のプラネタリウムでは、天文学以外に何を伝えるのでしょうか。例えば、星座は存在すると思われますか?

縣:星を見て綺麗だと思うのは何故でしょう。科学的に言うなら、恒星はただの核融合反応です。核融合炉を見た人々が口をそろえて綺麗だと言うでしょうか。この「星を見て綺麗だと思う感情」が宇宙の中で普遍的なことであるなら、他の知的生命体のプラネタリウムも地球のものと共通する点があるかもしれません。

 そして、綺麗だなと思う以上に、星空を知ることが私たちの生活には必要でした。例えば、旅をする中で誰かと待ち合わせをするには、場所、時刻を指定しなければなりません。私は、その情報を共有するコミュニケーションツールとして、星座や星が使われたのではないかと考えています。この部分が他の生き物にも必要なことなのかどうかによって、星座というシンボルの存在は変わってくるでしょうね。

図2:国立天文台 縣秀彦さん

武中:本日はありがとうございました。「遠く宇宙のどこかに、プラネタリウムがあるかもしれない。」そんな想像が新たな科学技術の発展の支えとなると良いなと思います。今後の系外惑星探査にさらに期待したいですね。

(武中 里穗)

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「ゴカイ」されがち!?ゴカイ・ワールド

 「ゴカイ」と聞くと、何を思い浮かべるだろうか。釣りの餌に使うニョロニョロしたミミズみたいな生き物? 正解だ。ミミズと同じ環形動物のなかまである。淡水、汽水、干潟、磯、外洋、深海など、「水のあるところゴカイあり」といってもいいほどで、日本だけでも約1,000種が知られている。しかし、はっきり言って地味である。チンアナゴやクラゲのような水族館の人気者にはなれないだろう。でも、ゴカイの奥深い魅力を知れば、きっとあなたもゴカイが今までとは違って見えてきて、私のように「ゴカイが織りなす小宇宙」の虜になってしまう、かもしれない。

あなたの知らないゴカイの世界

 多くの人が思い浮かべるゴカイは赤一色だろう。だが、じつはもっとずっと多様な種がいて、色はもちろん、姿も生態もバラエティに富んでいる。たとえば、サンゴと共生するイバラカンザシは、色とりどりの美しいえらを持っている(写真)。なぜ鮮やかな色を持つのか、どのように色を作っているのかは明らかになっていない。ほかにも、身を守るために「光る爆弾」を敵に放って身を守るものや、春の夜になると水面に向かって一斉に泳ぎ出すものなど、その生態は多様で謎に満ちている。

 また、ゴカイはさまざまな「同居人」と暮らしていることもある。ゴカイのなかまであるユムシを研究している後藤龍太郎助教授(京都大学)によると、ユムシの巣穴にはエビやカニなどの甲殻類、二枚貝、ほかのゴカイなどさまざまな生き物が共生し、干潟の地下にひとつの生態系を形成しているのだという。共生者たちは穴の中に身をひそめることで外敵から身を守り、穴の中に流れ込む餌を食べて生きている。

 と、まずはゴカイワールドのユニークな仲間たちを知っていただいたが、美しいエラをもっていたり、穴のなかで他の生物と暮らしているゴカイなんてわずか一握りの特別な存在で、ゴカイと聞いてまず想像する赤くてニョロニョロした生き物たちには何の価値もないのかというと、そうではない。じつはありふれているがゆえに、生物学者から注目される存在なのだ。

「役に立たない生き物だからこそ役に立つ」

 「役に立たないからこそ役に立つんですよ」

 何十年にもわたってゴカイの分類や生態を研究してきた佐藤正典教授(鹿児島大学)は、こう断言する。人の食べ物でもなく、ほとんどの人からは見向きもされない。人間の手による直接的な影響を受けにくいゴカイだからこそ、その多様性を調べることは海の環境を知ることにつながるという。また、ゴカイは魚や渡り鳥などほかの生き物の貴重な餌になり、海と陸の循環をつなぐ架け橋にもなっている。佐藤先生は続ける。

「ゴカイは弱く、魚のように危険から逃げることもできません。そのため、個体数や種数の移り変わりはその海の環境の変化をはっきりと反映します。」

 人間の活動によって海が汚染されると、きれいな海でしか生きられないゴカイが死に絶え、汚れた海でも生きられるゴカイが侵入して増えていくという。それらは水中や水底に存在する有機物の粒子やプランクトンを食べ、海をきれいに戻すための重要な役割を担う。有毒ガスが充満する炭鉱に持ち込まれた「炭鉱のカナリア」のように、ゴカイは人間が撒いた毒への警鐘を鳴らしてくれる存在なのだ。

分類も生態も謎だらけのゴカイ・ワールド

 と、いかにもここまで分かったようなことを書いてきたが、ゴカイについては、わかっていることはむしろわずかであるということを、最後に加えておこう。貝や甲殻類と違って、殻や骨など硬い組織をほとんど持たないゴカイはそもそも分類が難しく、まだ名前のついていないゴカイがたくさんいると考えられている。じっさい、分子学的な手法を用いた研究に取り組む特別研究員の小林元樹さん(京都大学)によると、ゴカイの分類学は今大きく揺れ動いているという。DNA研究の手法によって、今まで知りえなかった系統関係が明らかになり、既存の枠組みが意味をなさなくなってきているのだ。

 そのうえ、不思議な姿や生態がどうやって生まれてきたのかという進化の研究はほとんどなされてこなかったのである。釣り餌としてなじみのあるゴカイだが、その生きざまはまだまだ未解明。身近な小宇宙として、興味をもっていただけただろうか。

(四ノ宮 千遥)


「東洋のガラパゴス」ってどこ? その意味合いをちょっと真面目に考えてみよう

 どことなく、エキゾチックな響きのある「東洋のガラパゴス」。この言葉から日本のどの島を思い浮かべるだろうか? 調べてみると、小笠原諸島、沖縄、さらにほかの日本の島を呼ぶこともあるとわかった。この現状では日本の南方の島はすべて「東洋のガラパゴス」になってしまう。果たしてどこが最もふさわしいのだろう。そもそも、日本の島を「東洋のガラパゴス」と形容するのは妥当なのだろうか。ちょっと真面目に考えてみることにする。

 まず「東洋のガラパゴス」がどのように認知されているのか、ウェブ上の情報を確認してみた。「東洋のガラパゴス」という言葉をグーグル検索すると32.4万件がヒットする。これに「小笠原」をつけた“&検索”では23.0万件、「沖縄」では19.9万件、さらに「奄美」6.6万件、「屋久島」4.3万件、「西表」3.5万件と続く。少なくとも日本語の世界では「東洋のガラパゴス」は日本の小笠原諸島か沖縄というイメージがあるようだ。件数はぐんと減るが、ほかの島にもこの形容詞がつくことがあるのだから、日本人はよほどガラパゴスが好きなのだろう。

 そもそも本家「ガラパゴス」とはどのような場所なのだろう?

 ガラパゴス諸島は南米エクアドルの領土で、エクアドル本土から西へ約900 km、ほぼ赤道直下に浮かぶ100を超える火山島群である。進化論を提唱したことで有名なイギリスのチャールズ・ダーウィンがビーグル号でこの島々を訪れたのは1835年のことである。後にこれらの島々の動植物が、島ごとに違うことに気がついたダーウィンが、進化論を構築したというのは有名な話だ。生物が独自の進化を遂げた島の代表として語られることが多い。一方、「ガラケー(ガラパゴス携帯)」のように、世界的には通用しないことの比喩として、マイナスのイメージで語られることもある。

 次は論文検索を使って、「東洋のガラパゴス」は、いつ、誰が使い始めたのか調べてみた。すると、小笠原諸島については1992年から、沖縄関連の書籍では1980年代から「東洋のガラパゴス」という表現がみられることがわかってきた。この中でも今手に入る一番古い記述は、1980年池原貞雄(琉球大学教授・当時)による以下の文章のようだ(※1)。

 『地理的位置がよく似ていること、動物相に固有種や固有亜種がおおいこと、気候が亜熱帯性(年平均摂氏二一・一度、那覇)であることなど、両諸島のあいだに共通する点があるので、奄美諸島以南の琉球列島を、「東洋のガラパゴス」とよび、その動物相はおおくの研究者の注目するところとなっている。』

 その後、1992年に出版されたフィールドガイド「小笠原の自然-東洋のガラパゴス」(※2)によって、この呼称が小笠原諸島に適用され、やがて小笠原の代名詞になっていったようだ。

ではここで、ガラパゴス諸島と沖縄、小笠原を比べてみよう。

 まず、ガラパゴス諸島は「諸島」であって単独の島ではない。だから、日本のガラパゴスは、琉球列島(または南西諸島)や小笠原諸島など、島の連なりとして捉えることが妥当だろう。そこで列島ごとの島の数、面積、標高、植物の種数、固有種の割合(固有率)を見てみた。固有率とは、その地域にしか見られない生物種=固有種の割合のことだ。

 

 表1をみると、琉球列島とガラパゴス諸島は、島の数、面積、標高でよく似ていることがわかる。一方、植物の種数は琉球列島の方が約4倍も多い。しかし琉球列島の植物の固有率をみると12%とガラパゴス諸島の51%を大きく下回る。小笠原諸島は、他の2つの諸島よりも総じて小規模だが、植物の固有率は44%もある。実はこの「生物種の固有率」という指標が、生物学的には重要な意味を持つ。

 島は、かつて大陸とつながっていた「大陸島」と、一度もつながったことのない「海洋島」の2つに大きく分けられる。海洋島は、主に海底火山として海に形成され、陸伝いに生物がやってこないため、生物相が独特であることが多い。この区分を当てはめると、ガラパゴス諸島と小笠原諸島は海洋島、琉球列島は大陸島である。この違いが、植物の「固有率」の違いに現れている。表には植物の固有率しか出ていないが、動物種についても同様のことがいえる。この点で、琉球列島はガラパゴス諸島とは全く異質な島々である。

 それでは「東洋のガラパゴス」と呼ぶのに最もふさわしい島は、琉球列島と小笠原諸島のどちらだろう? 島の数や規模では元祖である琉球列島に分がある。一方、海洋島という島の性質からは、小笠原諸島がよりふさわしいように思える。

 いや、日本の島はいずれも「東洋のガラパゴス」と形容するにはふさわしくないという考えもあるだろう。「東洋のガラパゴス」は、魅惑的な響きを持つ一方、一流のガラパゴスの亜流、東洋版というニュアンスも含んでいるようにも思われる。琉球列島では多くの島々がつながったり離れたりということを繰り返し、そのたびに生物種の出会いや、別れ、新種の誕生や、絶滅が繰り返えされてきた。一方の小笠原諸島の生物相は、北の日本本土や伊豆諸島、南のマリアナ諸島の影響も受けており、いずれの島々もガラパゴスとはまた異なる魅力を持っている。

 さあ、何気なく聞いていたであろう「東洋のガラパゴス」という形容詞、あなたはどこがふさわしいと思いますか? それとも新しい形容詞が必要ですか? 

 

※1)池原貞雄(1980)東洋のガラパゴス.『琉球の自然史』 木崎甲子郎編著, 86-100. 築地書館.
※2)小笠原自然研究会編(1992)『フィールドガイド「小笠原の自然-東洋のガラパゴス」』.古今書院.

(渡邊謙太)


研究者から、絵本を通じ、サイエンスライターへ  大西光代さんに聞く

 理系の大学院博士課程の入学者が減少している。その後の明確なキャリアパスが描けないことが理由の一つだ。だが、博士課程までに得た知識を活用できる仕事の一つとして、科学に関係した記事を書く、サイエンスライターがあると思う。実際に大学院での研究の後にフリーのサイエンスライターになった大西光代さんにお話を伺うと、紆余曲折しながらも研究への情熱がご自身の道を切り開いてきたと感じた。

 大西さんは、北海道大学水産学部を卒業し、大学院で博士号を取った後、「科学を伝える」仕事を始めた。専門の海の環境のことを理科雑誌に書いたのが始まりで、最近はスピントロニクスや新機能植物開発学などについて『中央公論』に寄稿している。科学啓蒙書や企業のメディアに科学記事を書くほか、海洋物理学と気象学の論文を翻訳して抄録を作る仕事もしている。

 北海道大学で取り組んだのは北海道周辺海域の海洋環境に関する研究で、最初のテーマは、日本海を南から流れてくる暖流が津軽海峡方向と北上方向へどのように分岐するのか。調査船に乗り、観測して、未解明だったことを調べた。その後、海洋環境や気候変動の変化に関わるような研究を進めた。

 博士課程へ進学してから、結婚、休学、出産、退学、再入学があった。博士号をとった後は調査船を降り、在宅の仕事を始める。

「子供が小さかったので在宅でできる形で仕事をしたかったんです。フルタイムで働くことは親が近くに住んでいないこともあり難しく、(最初は)博士課程の延長の研究をしていました。研究機関の嘱託として解析を続けてレポートを作っていましたね」

 科学を伝えることに興味を持ったのは、子供に絵本を読み聞かせる活動を地元でしていて、たまたま科学に関する絵本に出会ってから。そのころ書店で見つけた、理科の知識や実験・観察・ものづくりを取り上げる科学雑誌『理科の探検』に一緒に作る仲間を募集していると書いてあったので応募してみた。こうして北海道にいながら雑誌作りに参加し、数年後に、海の環境のことを書いたのがサイエンスライターとしての初めての仕事だった。

 現在は、月に30本程度、海洋環境などの専門的な英語論文を読み、データをまとめてほかの研究者をサポートしている。調査船は降りたが、「まったく研究生活を続けていないかっていうと、本人としては何もしていないという気持ちはないです」という。確かにこうした専門家向けの仕事は、研究と地続きの仕事だろう。

 最近、進行中だった仕事の契約が新型コロナの影響で流れた。ただ大西さんは悪いことばかりとは考えていない。

「ニュートンはペストで大学が閉鎖になった時に(大きな研究を)行っています。私もこういう時期だからこそ、インプットの時間を増やせました」

このように語る大西さんに、環境がどう変わっても自分のできることをやっていく強さとしなやかさを感じた。

 (H.A)


科学のタネを育てる読み物をどう編むか

 子どもたちに科学絵本や読み物を紹介すると、好奇心いっぱいで読み始め、次第に目がキラキラしていきます。

 子どもの中にある「科学のタネ」を発芽させるこのような科学読み物は、どのような工夫をして作られているか興味を持ち、編集者に聞いてみました。

大人の「見守り」が科学のタネを育てる

「ふしぎだと思うこと これが科学の芽です。よく観察してたしかめ そして考えること これが科学の茎です。そうして最後になぞがとける これが科学の花です」これは、『科学のタネを育てよう―物語でわかる理科の自由研究』4冊シリーズ巻頭に書かれた、朝永振一郎博士の言葉です。水のしっぽ(物理)、シロツメクサの花のかたち(生物)、校庭と畑の土の違い(地学)、蒸しパンの色の変化(化学)という身近な謎(科学のタネ)を取り上げています。謎を見つけた子どもたちは、仮説を立て、研究ノートに記録し、対話をしながら探究していきます。

 先生は子どもを見守り、気付きを褒め、研究方法について適所でヒントを与え、その取り組みを共に喜んでいます。少年写真新聞社編集者の野本雅央さんは、大正期の科学読み物からヒントを得て、身近な謎を突き止めていく過程を物語仕立ての本にしました。

 現在の小学校教育で求められている「科学的な探究活動」や「主体的、対話的で深い学び」の意味を、物語を通じて教えてくれます。野本さん自身小さい頃、本で見つけた実験・観察に挑戦し、失敗しても親や先生に良い経験だと受け止めてもらったことで、理科好きになったとか。

 子どもたちに実験・観察を指導する活動から「子ども自身で行った理科実験・観察が一番感動体験になり、成功も失敗も興味を伸ばしていくことにつながる」と確信しています。

ママが土木技術を伝える理由は?

 

 『ドボジョママに聞く土木の世界』シリーズ10冊は、女性の土木技術者「ドボジョママ」が身近な建築物を子どもたちと探検したり実験したりする物語です。橋やトンネル、線路の仕組み、空港や地下鉄が出来る過程、点検や修理など探検します。

 星の環会編集者、栗山佑子さんは、見やすく親近感のもてるイラストと、会話形式の文章で専門知識を覗きたくなるよう工夫したそうです。「知りたい気持ちを優しく受け止めてくれる話し言葉で、専門用語が使えますから」。

子どもに届けるため必要な大人の役割

 しかし、科学の本を子どもに読んでもらうのは、簡単なことではありません。

 野本さんによれば、教員からは「探究活動(自由研究)の進め方がよくわかる」「こういう本は必要だけど今までなかった」「若い先生に読んでもらいたい」と好意的な感想がある一方で、図書館関係者からは「自由研究はいろいろな実験観察を取り上げている本が売れ筋」「仮説を立ててから実験・観察させることは小学生に難しい」など、編集者の意図とは別の意見が聞かれ、思うように販売が進まない現実だそうです。

 読みやすいとはいえ、子どもに届かなければ伝わりません。先生や親など身近な大人がこうした本を図書館などで手に取り、子どもの前で話題にして、共に楽しみ学ぶ姿勢が必要でしょう。

 朝永博士の言葉を借りると、科学の本は、子どもに芽生えた「科学の芽」を育て、茎を伸ばし、花を咲かせるための水や栄養にあたるのではないでしょうか。身近な大人が、子どものちょうど良い時に興味関心のタネを蒔き、適切な言葉かけをしながら寄り添い見守ることの大切さも、これらの本は教えてくれます。

参考:

『科学のタネを育てよう―物語でわかる理科の自由研究』少年写真新聞社
https://www.schoolpress.co.jp/topics/item/c-654_1.html

『ドボジョママに聞く土木の世界』星の環会
http://rihaken.org/hoshinowa/info_book/z3_doboku-sekai.html

『小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 理科編』平成29年7月
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2019/03/18/1387017_005_1.pdf

(高宮 光江)

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新たな時代へ研究成果の共有を ― サイエンスアゴラ2020 JST主催イベント「ポストコロナ時代の研究活動における情報共有」から

新型コロナウイルスを巡り学術界から声明

 2021年1月7日、日本でも新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の第3波が拡大し、政府は1月8日〜2月7日まで首都圏1都3県に緊急事態宣言を発出した。

 新型コロナウイルスは2019年12月31日に中国・武漢市当局で原因不明のウイルス性肺炎の発生が確認1)されてから瞬く間に世界中に広がり、現在も世界中で終息の兆しが見えない。この状況下で学術界は2020年1月末という早い段階で共同声明2)を出し、この重大かつ緊急の脅威に対して研究結果とデータを迅速かつオープンに共有して命を救うことを呼びかけた。

 具体的には、研究結果をアクセスフリーとする、査読前の論文(プレプリント)を公開することなどで、日本の医学系研究を支援する日本医療研究開発機構(AMED)も共同声明に参加している3)

迅速な研究成果の共有で見えてきた問題点

 この状況の中、プレプリントの情報の扱い方について問題点が見えてきた。

 昨年3月末、BCGワクチン摂取とCOVID-19死亡率低下の相関関係についてプレプリントによる研究発表4)が話題になった。これを契機に国内ではBCGワクチンの不足の問題も指摘されるようになった。この研究発表について日本ワクチン学会が、両社には相関が見えただけで未だ充分な科学的根拠がなく、否定も肯定もできない、と発表した5)。プレプリントの報道の仕方について注意喚起した研究者もいた6)

 このような状況の中、研究活動がどのようになされているのか―。科学技術振興機構(JST)が主催した科学の祭典「サイエンスアゴラ2020」の一企画として昨年11月17日、「ポストコロナ時代の研究活動における情報共有 ~成果発表・学会~」というテーマのセッションが行われた。このセッションのほんの一部だが以下簡単に紹介する7)

日本の学術界での研究成果共有の状況

  このセッションでは、JST情報事業部長の中島律子(なかじま りつこ)さんがファシリテーターを務め、医学生命分野から東北大学教授の大隅典子(おおすみ のりこ)さんが、地球惑星科学分野から名古屋大学教授の能勢正仁(のせ まさひと)さんが、また化学分野から東京大学講師の生長幸之助(おいさき こうのすけ)さんが、それぞれ話題提供者としてオンライン参加した。オンライン登壇者のディスカッションでは、最近の研究成果の共有における変化や今後の在り方について、以下のような内容が共有された。

サイエンスアゴラ2020
「ポストコロナ時代の研究活動における情報共有 ~成果発表・学会~」 11月17日ライブ配信動画より(左上から時計回りで能勢さん、中島さん、生長さん、大隅さん)

 

<オープンデータ活用については低下>

 能勢さんは「地球惑星科学分野については従来からデータをオープンにする文化がある」という。一方で、「超高層大気科学分野のオープンデータベースIUGONET8)を例に見ると、日本ではコロナ禍の拡大後、オープンデータへのアクセスが減少した。意外な状況が見られた」と説明した。。これは、研究者がオンライン講義対応で研究活動ができなくなったことも一要因ではないか推測しているという。

<プレプリントの公開状況と新たな懸念>

 能勢さんはさらに「地球惑星科学では2年前に米国地球物理学連合(AGU)でプレプリントサーバーとして地球宇宙科学オープンアーカイブ(ESSOAr)が立ち上がった。、通常プレプリントサーバーは重要視されていないが、今年は、コロナに関連する大気汚染などのプレプリントが増えている。コロナ関連でプレプリントが重要視されてきていると感じている」と地球惑星科学分野の状況を紹介した。

 生長さんは「化学系では非営利運営のChemRxivが3年前に設立された。世界的ロックダウンの時期にChemRxivへのアクセスは継続的に増えている。アクセスランキング上位はコロナウイルス創薬関連論文だった」と化学分野の特徴を紹介。プレプリントサーバー側の対応として「medRxivは公開前のスクリーニングにおよそ4~5日程度長い時間を費やし、bioRxivは実験根拠に欠けるものを排除している。ChemRxivもトップページ画面にプレプリントであることを注意するバナーを掲載している」という状況を説明した。。

 大隅さんは「プレプリントサーバーへの投稿は、研究者が通常のシステムでなく未査読のプレプリントを即時公開するもので、玉石混交になるという問題がある。NISTEP調査9)の通り、医学系ではプレプリントの公開がかなり増えてきている」と指摘。こうした問題意識が登壇者間で共有された。「医学系ではbioRxivやmedRxivがあるが、学術出版社がプレプリントサーバーを立ち上げ始め、知の商業化につながらないか」という新たな懸念を生んでいるという。こうした懸念については「大学のリポジトリの意義も検討された方が良いと思う」とのコメントも出た。

<コミュニケーションの形>

 オンラインで世界の研究発表を聞きやすくなったが、リアルのコミュニケーションの必要性もあるとの指摘が出た。大隅さんは、2020年のノーベル賞化学賞対象になった研究は2012年にプエルトリコで開催された学会で受賞者のシャルパンティエ氏からダウドナ氏に直接話しかけたことから始まったいうエピソードを紹介した。これは、リアルな出会いの大切さを物語る例だが、一方、新しい発想や技術開発により、〈新たな形でコミュニケーションを〉実現していけばいいという考え方も提起された。

コロナ禍は研究者の活動を変化させる 

 1時間半のセッションでは、研究成果の共有や発表方法の変化により、共同研究の在り方も変化するのではないかという意見も出された。また、自動化などが進んでいくことで研究活動を行う人間の価値は何かという根源的な問いも生まれるだろうという指摘もあった。

COVID-19の拡大がわれわれの生活様式を変化させているように研究者の研究活動も変化させていくのは明らかだ。今後の変化に引き続き注目していきたい。

 

  • 日本医療研究開発機構(AMED)トピック 掲載日令和2年2月3日 最終更新日 令和2年2月3日「日本医療研究開発機構(AMED)は新型コロナウイルスの流行に対処するため、新型コロナウイルスに関連する研究成果とデータを広く迅速に共有する声明(令和2年1月31日)に署名しました」
    https://www.amed.go.jp/news/topics/20200203.html
  • 日本ワクチン学会 2020 年 4 月 3 日「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するBCG ワクチンの効果に関する見解【4.3 Ver.2】」
    http://www.jsvac.jp/pdfs/kenkai.pdf

(増渕 ふみ)


インフラの「歯みがき運動」で持続可能なふるさとを

 「橋の歯みがき」を知っているだろうか?これは地域の橋をその利用者である住民や管理者が、日常的に点検、簡易なメンテナンスをすることで健全な状態を維持する活動のことである。普段使っている橋を簡単な清掃や点検で「みんなで守る」ことは、自分たちの命とふるさとを守ることにつながる。

 2012年12月に笹子トンネルの天井板の落下によって走行中の車複数台が巻き込まれて9名が死亡した事故を記憶している人も多いに違いない。日本の道路インフラは、高度成長期に建設されたため、一気に老朽化が進行している。しかし、職員が土木インフラの維持管理を行っている自治体は、市区の1割、町の3割、村に至っては6割がゼロというのが実態である。笹子トンネルの事故後、国土交通省は、5年に1度の近接目視点検を義務化、かつ、日常的な施設の状態を把握することとした。ところが、地方の場合には少ない予算と少ない土木技術者で維持管理をしなければならないという課題が生じている。 

 そこで、そのような地方自治体が抱える課題解決の試みとして、「歯みがき運動」という住民自らが橋のメンテナンスを行う活動を広めようとしているのが、株式会社アイ・エス・エス社員兼日本大学工学部客員研究員の浅野和香奈さんである。

 浅野さんは、日本大学在学中に、住民による橋のセルフメンテナンスについての研究を始めた。「橋のセルフメンテナンス」とは、地域の橋を、その利用者である住民や管理者が日常的に点検し、簡易メンテナンスを行うことで健全な状態を維持する事を指す。このセルフメンテナンスを住民に参加してもらい、その活動を定着させる方法を探るのが研究の目的である。浅野さんは大学卒業後、建設コンサルタント会社に勤務しながら日本大学工学部の客員研究員として研究を継続している。

 浅野さんは非専門家である住民でも橋の点検が行えるように、「簡易橋梁点検チェックシート」を考案した。チェックシートには、安全面を考慮した上で点検項目6項目を選定し、点検箇所を見ただけで分かるような絵や状態把握の指標、安全を守るための注意事項を記載した。さらに、橋に異常を感じた際にはQRコードから日本大学工学部の研究室へ通報可能な「橋の119番」も準備するなど多くの工夫を盛り込んだ。

 

簡易橋梁チェックシート(みんなで守る 橋のメンテナンスネット[1]より)

 さらに、チェックシートの点検結果から橋の汚れ具合を「橋マップ」と名付けて住民に公開している。この見える化では、点検結果を「歯みがき指数」として数値化し、その大きさによって、橋の清掃の必要度を色別のマークとして地図上にプロットしている。加えて、マークをクリックすると、橋の諸元や点検結果なども表示されるようにした。このように点検結果を住民にフィードバックすることで、橋への興味関心や愛着へとつなげている。

橋マップ 地図上に点検結果を見える化している[1][2]

 

 一方で、新たな活動を住民主体でする場合、どこかに負荷がかかってしまい、活動継続が困難になってしまったり、関心が高い一部の住民のみに留まってしまったりする可能性もあるという。このような取り組みにおける重要な点は「無理をしない」ことが一過性ではなく継続できている理由であると浅野さんは述べている。

 福島県の中通り東部にある平田村で、2015年度から2019年5月までに住民による点検と清掃活動を計6回実施したところ、点検清掃回数が多い橋ほど「歯みがき指数」が向上するという成果が得られ、セルフメンテナンスが機能することが実証された。この結果を受けて、現在では平田村の68にも及ぶ橋梁が住民により継続的に維持管理されている。

 浅野さんは、「橋のセルフメンテナンスの活動が、地元貢献の一環として位置付けられるとうれしい。『みんなで守る』を合言葉に全国に展開していきたい」ということである。

 

[1] みんなで守る 橋のメンテナンスネット:http://bridge-maintenance.net/ (2021年1月7日閲覧)
[2] 橋マップ平田 https://www.google.com/maps/d/u/0/viewer?mid=1DkojzvdFaoic75p7CHWTs64FFdU&ll=37.21381224304777%2C140.54785950000002&z=13 (2021年1月7日閲覧)

(安部 貴之)


生物標本の新たな役割 ―『地球の生物多様性図鑑』―

 広がり続ける砂漠、歯止めのかからない地球温暖化、そして規模の把握すら難しい未曾有の大量絶滅。私たちは今、他の生物とともに地球上で生きていく環境を、将来にわたり保っていけるかどうかの岐路に立っている。1992年の「生物の多様性に関する条約(生物多様性条約)」は、世界が協力して生物の保全に取り組むための条約だ。その目的を果たすには、おもに次の2つが必要である。

 一つには開発により急速に消失する、生物多様性の高い発展途上国の熱帯雨林で、生物の新種を発見し、より詳しい生物目録をつくることである。これは発展途上国にとっては、観光など、自然を保全しながら利用する産業の発展を促すのにも有効だろう。

 一方で、世界でこれまでに集められた膨大な生物標本と知識を見直し、最新の分類基準で地球の生物目録をつくることも必要だ。現代科学的な生物分類体系は、その始まりから現在までに知られるすべての種名(学名)を、生物多様性の情報として未来へ伝える必要がある。

 近年、膨大な生物標本を所有する欧米の博物館は、これまで収蔵するだけだった生物標本に新たな役割をみいだし、インターネットを通じ公開されるその画像は、いまや『地球の生物多様性図鑑』になっている。

基準標本を集約して公開するナチュラリス

 オランダでは2019年8月にナチュラリス (ナチュラリス生物多様性センター・Naturalis Biodiversity Center) がリニューアルオープンした。 ナチュラリスの収蔵庫には世界の生物や鉱物の標本が最新の基準で分類されて並び、研究者は実物を比べて研究できるほか、標本の画像がインターネットで公開され誰でも見ることができるようになっている。

 ナチュラリスが現在の姿になったのは2010年のことである。1984年にオランダ国立自然史博物館 (RMNH) とオランダ国立地質学・鉱物学博物館 (RGM) を統合した「国立自然史博物館ナチュラリス」が設立された。さらに、2010年にはアムステルダム動物学博物館とオランダ国立植物標本館をここに統合したので、それぞれに収蔵していた生物などの標本はナチュラリスで一括管理されるようになった。旧オランダ国立植物標本館は鎖国時代の長崎に商館医として来日したシーボルトが、インドネシアや日本で採集した『さく葉標本』(いわゆる押し葉標本)を所有していたが、これもここに収蔵されることになった。

 さく葉標本は、ヨーロッパで発達した科学的な植物分類でおこなわれる試料の保存方式で、分類の決め手となる花や葉などを付けて植物を採集して、新聞紙四つ折りの大きさに収まるよう押して乾燥させたものに、採集地・採集年月日・採集者などの標本情報を記入したラベルをつけたものである。

 オランダでは国内の標本のすべてがナチュラリスに集められ、画像データベース化されたことで、DNA解析などを用い極めて厳密に分類するようになった発展途上国の研究者の教育や活動支援がしやすくなった。さらに、過去からのたくさんの標本をみて研究できるようになり分類の信頼性が高くなったのだ。

生物知識の基盤として重要な基準標本

 多くの生物には科学的な名前(学名)の付け方の国際法がある。たとえば植物の学名は『国際藻類・菌類・植物命名規約』という一種の国際法にのっとり付けられる。そこには1753年5月1日に出版されたリネー(リンネ)の『植物の種』以降、発表された植物名が学名として認められると定められている。さらに、論文を出版物で発表し、学名を付けた植物から採ってつくった基準標本(タイプ標本)を公開されている標本庫に残さなければならない。

 この基準標本は、名づけられた植物体の実物の証拠として保存されるものだが、これと比較して違う植物は、新種の可能性が高い。文献や図鑑だけでは分からないことも多く、基準標本と比較することなしに、新種の発見はあり得ないといえる。

 また、分類学だけでなく農学、薬学など多くの科学的学問分野で生物材料が用いられるが、同じ生物種には一つの学名をあてるというルールのもとで、こういったすべての研究が成り立っている。どの分野であっても、学名を誤ったりしないよう、基準標本との照合は重要になっている。

 オランダがそうであったように、近年までに100万を超える植物標本を収蔵するヨーロッパ諸国の博物館では、膨大な数の標本の中から基準標本を探し出すことは、分類を専門にする研究者でさえ難しかった。そこで、基準標本かどうか確かめたり、最新の基準で分類したりしながら、標本に現代科学的な新たな価値を見いだせるように研究者に公開し、その画像データベースをインターネットで一般公開している。つまり、劣化していく標本をしまっておく単なる収蔵庫から、生物の知識基盤を提供する研究センターへとその中身を大きく変えたのだ。

急がれる日本の基準標本研究と画像データベース化

 東京大学植物標本庫の池田博准教授によれば、明治以降に科学的な生物の分類方法を取り入れて100年しかたっていない日本では、いまだに気づかれないまま劣化が進んでいる基準標本も多く、画像データベース化も遅れているという。 

 生物多様性を保全し未来へ引く継ぐために、農業・鉱業などによる土地の開発がつづく発展途上国では、消失前に未知な種で構成される原生林を調べ、先進国は生物の知識基盤を提供することで協力していく必要がある。

 明治以降、アジアで先駆けて科学的な生物分類を取り入れた日本でも、基準標本の研究を進めて画像データベース化し、生物の知識基盤を世界と共有していくことが急がれる。

写真2 科学的な資料「さく葉標本」につけられたラベル(東京大学総合研究博物館収蔵)
宣教師であったユルバン・ジャン・フォーリーが布教の傍ら1906年5月21日に彼の1200番目の標本として韓国で採集したことがわかる。
写真1 オランダ国立ナチュラリス生物多様センター(東京大学総合研究博物館 池田博准教授 撮影)
中央にそびえる巨大な標本庫棟には標本を光から守るため窓はない。

 

(支倉 千賀子)


健康管理におすすめ!やさしい「食品成分表」活用法

 昨年12月25日、「日本食品標準成分表2020年度版(八訂)1)」が公表された。成分表には、国内で標準的に食べられている食品のエネルギー、たんぱく質、脂質、炭水化物、食塩相当量などの成分値が記載されている。5年ぶりの改訂で、より実際に即した情報に更新された。コロナ禍で家庭での食事の機会が増えた今、誰でも手軽に使える「食品成分表」の活用をおすすめしたい。

「日本食品標準成分表2020年度版(八訂)」とは?

「日本食品標準成分表」(通称「食品成分表」)は、戦後間もない昭和25年に、国民の栄養改善のための基礎データ集として、初めて取りまとめられた。以来70年にわたって、私たちの食事内容の変化と、栄養成分の定義や分析法の進化に合わせて、8回の全面改訂を重ねてきた。

 今回の改訂では、エネルギー値の計算方法が変更され、冷凍、チルド、レトルトなどの調理済み食品の掲載が増え、収載食品数は2,478食品(7訂:2,191)となった2)

おすすめの食品成分表活用法

 食品成分表で、食品のエネルギーや栄養成分を確認することができる。文部科学省が試験的に公開している「食品成分データベース3)」を使うと簡単に検索できるので、まずは、自分が日ごろ食べている食品のエネルギーや栄養成分を確認してみるとよい。

 食品成分の検索に慣れてきたら、今度は、料理や食事の栄養計算を試しでみよう。以前は、専門家でないと難しかった栄養計算が、専用のソフトやアプリを使って、誰でも手軽にできるようになった。さらに、使用食材とその分量がわからなければ難しかった調理済み食品についても、今回の改訂で「調理済み流通食品」の掲載が増えたことで、レシピがわからないものも掲載食品の栄養成分から近似値が把握できる。

 そこまでは難しそうという場合も、「食品成分表」はながめているだけでもおもしろい。表の右端備考欄の食品の別名や、第三章の資料に記載されている収載食品の定義、分類、特性、利用法、来歴等は、読み物としても興味深く、手元に置いてながめているだけで食材や栄養に関する情報が増え、食に対する意識が高まる。

コロナ禍で考える家庭の食と健康

 コロナ禍の巣ごもり生活で、家庭で食事する機会が増えた方も多いと思う。食べすぎや運動不足で体重増加が気になる、昼間は麺類やご飯ものばかり、自炊が面倒でケータリングや加工品に頼りがちなど、崩れがちな食事のバランスを見直すためには、自分の食事の栄養成分を把握しておくことが大事だ。

 容器包装に入れられた加工食品については、2020年4月1日から、栄養成分表示が義務付けられている4)。加工食品を購入する際は、この栄養成分表示を確かめることによって、より健康な食事ができる。例えば、体重増加が気になるときはエネルギー、高血圧が気になるときは食塩相当量、栄養バランスが気になるときはたんぱく質、脂質、炭水化物の量を確認することで、バランスのとれた食事をすることできる。

 コロナ禍で家庭で調理する機会が増えた今、加工食品ならこの「栄養成分表示」で確認できるエネルギーや各栄養素の量を、家庭料理については「食品成分表」を使って自分で栄養計算してみることで、栄養管理ができる。

 食品成分表の電子データ(Excel)、電子書籍(PDF)は、文部科学省HPで無償公開されている5)。データだけでなく、食材の写真やコラムなどを掲載した書籍や、パソコン・モバイル端末で栄養価計算できるソフトと電子データや画像がダウンロードできるセットなどが、民間の出版社から発売されている。

 手軽に入手できる「食品成分表」を上手く活用して、健康な食生活を手に入れてほしい。

 

【参考資料】

(木村 滋子)


健康食品の広告に騙されないために – 情報を集め、見極める。

 「マヌカハニーサプリ、新型コロナウイルス対策」「モズクの力、新型コロナ肺炎感染を予防、コロナウイルスを攻撃」「新型コロナウイルスの予防にタンポポ茶」
 
 こういう広告を目にしたら試してみたくなりますね。でも、実はこれ全部、消費者が勘違いするおそれがあるとして消費者庁から改善要請がなされた広告です[[1]][[2]]。つまり、これらの食品が新型コロナウイルスに効く見込みは、非常に低いということです。

 世の中には数えきれないほど多くの健康食品が販売されています。効果を感じられる可能性が高いものを選ぶためには、私たちは広告の根拠となる情報を集めて、広告の確しかさを見極めなければなりません。

 なぜそのようなことが必要なのでしょうか。その答えをお示しするにあたり、消費者庁が改善要請を行った、その理由から説明したいと思います。

情報を集める

 消費者庁は改善要請を行った理由として、現時点で「新型コロナウイルスについては、その性状特性が必ずしも明らかではなく、かつ、 民間施設における試験等の実施も不可能」であることを挙げています。要するに、新型コロナウイルスで確認していないなら効果があると言えない、ということです。

 冒頭にお示ししたマヌカハニーを例に考えてみましょう。広告をよく読むと、新型コロナウイルスの増殖も抑制するという主張は、マヌカハニーがインフルエンザウイルスの増殖を抑制するという、イヌの腎臓由来の細胞を使った実験で得たデータに基づいていることが分かりました。 

 でもちょっと待ってください。インフルエンザウイルスに効果があったからと言って、新型コロナウイルスにも効果があると判断して良いのでしょうか。もしそうなら、抗インフルエンザ薬(タミフルやリレンザ)も、新型コロナウイルスの患者さんに効果があるということになります。でも、実際にタミフルが処方されたという話は聞いたことないと思いませんか。これが、消費者庁が言いたかったことです。 

 このように、広告がどういうデータに基づいて主張しているのか、しっかりと情報を集めることで、広告の裏にある真実に気付くことができます。

情報を見極める

情報を集めたら、それを踏まえて広告がどれほど信頼できそうか見極める必要があります。ここで参考になるのが、国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所が公開している『「科学的根拠に基づく情報」との向き合い方』です[[3]]

(「科学的根拠に基づく情報」との向き合い方 より引用)

 

 このフローチャートでは、情報を見極めるために5つのステップを考えます。そして、すべてのステップで「はい」となって初めて、信頼できるデータと判断します。

 マヌカハニーの例で考えると、「ステップ1:具体的な研究に基づいているか」、つまり実際にコロナウイルスを使った研究か、という質問が「いいえ」ですので、信頼できないデータであると見極めることができます。

信頼できる健康食品を選ぼう

 健康食品は、普段の食事から摂れない栄養成分を補充することで、生活をより健やかなものにする手助けをしてくれます。すべての健康食品に意味がないと言うつもりは全くありません。ただ、信頼できるデータに基づいたものがある一方で、冒頭にお示ししたようなものがあることも確かです。

 情報を集め、見極める。これは新型コロナウイルス対策に限ったことではありません。ぜひ健康食品を選ぶ際にご自身でも試してみてください。

 

[1][] https://www.caa.go.jp/notice/entry/019228/

[2][] https://www.caa.go.jp/notice/entry/020124/

[3][] https://hfnet.nibiohn.go.jp/contents/detail771.html

(S.A)


生物多様性の裏側

(田中 花音)


あなたの知らない探知犬の世界

(岡本 明子)


緊縮財政をやっつけろ

(谷 広太)


持続可能な釣りを目指せ

(佐々木 悠人)