科学ジャーナリスト塾第20期(2022年9月〜2023年2月)塾生の作品

 JASTJでは、いかにして科学を社会に伝えるかを学び合う「科学ジャーナリスト塾」を毎年開催しております。このたび第20期の塾生がそれぞれの課題に取り組み、独自の切り口で取材をして作品制作に取り組みました。作品を紹介します。

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「シニア世代×大学×ICT(情報通信技術)」が創る学びとは?
―東京都立大学プレミアム・カレッジの履修生を追いかけて―

伏木田稚子

 あなたが仮に、コンピュータやインターネットの使い方に不安を感じているシニア世代だとしよう。「大学で ICT (情報通信技術) を使いながら学んでみましょう」と言われたら、どのような気持ちになるだろうか。
「まったく自信がなく、おろおろしていました」70 歳の Y さんは 2022 年4月、ICT を活用した大学での生涯学習に付いて行けるのか、という憂いを口にした。その3か月半後、「少しずつ、パソコンは便利で面白い、と感じるようになった」と喜んだ。翌年 2 月には、「たくさんの宝物をいただきました。本当に世界が広がり、これから新しい自分をはじめたい」と心を弾ませる。
 パソコンの基本操作がわからないと嘆いていた Y さんは、約1年の間に何を学び得たのか。一人の大学教員として、シニア世代の生涯学習に携わる筆者のまなざしで、この問いに答えてみたい。
 東京都立大学は 2019 年4月に、50 歳以上が対象の「新たな学びと交流の場」として、プレミアム・カレッジを開講した。「首都・東京をフィールドに学ぶ」をテーマに、講義やフィールドワーク、ゼミナールといった多様なプログラムを提供する。江戶のまちづくりの歴史、水資源を支える都市基盤技術、多摩地域の自然、食生活と健康など、文理の枠にとらわれず、通年で探究学習に取り組む。
 筆者は当初から、カレッジ生が ICT を活用して自分の考えを相手に伝えるための、知識と技術を伝えてきた。冒頭の Y さんが受講したのは、前期に行われる「パソコン技術」という授業で、数名の教員と学生チューターがパソコンに不慣れな履修生をサポートする。
 2022 年度は 11 名が参加し、授業の開始当初は、修了論文の作成やプレゼンテーションに不安を抱えていた。自らを「パソコン難⺠の高齢者」(N さん)と呼び、「パワーポイントは見るのも聞くのも初めて」(G さん)と戶惑いを隠せなかった。

11 名の履修生の大半が、大学でパソコンを使って学ぶことに不安を感じている
履修生は1人1台のコンピュータを使い、周囲と助け合いながら学ぶ

           

 大前提としてカレッジ生は、教職員とメールでやり取りし、学術データベースの検索やMicrosoft Officeを用いて課題をこなす必要がある。しかし現在のシニア世代は、学校教育を通して体系的な情報教育を受けていない。職場での経験を除くと、パソコンやインターネットといったICT(情報通信技術)に習熟する機会は、市区町村やカルチャースクール主催の市民講座に限られる。
 こうした講座は一般的に、「パソコンを使えるようになる」状態を目指す。それに対し、大学での生涯学習は「パソコンを使って学ぶ」段階を見据える。プレミアム・カレッジにおいても、パソコンの活用はゴールではなく探究学習のツールに過ぎない。だからこそ、「パソコンがわからないと戸惑って自信をなくし、学習のネックになってしまう」(Yさん)のは悔しい。
 くだんの「パソコン技術」の履修生は7月の授業終了時、「パソコンは苦手意識があったが、メンタルな部分は克服できた」(Sさん)と安堵に包まれた。共に学んだ仲間のプレゼンテーションからは、「テーマと主張の明確さ、スライドのレイアウトの活かし方、どれをとっても勉強になりました」(Gさん)と気づきを得る。シニア世代がわずか数か月で、パソコンへの不安を振り切り、学びに活用する意味を見出したことに心が震えた。
 「わからないことがわかったと思えた時に、わくわく感やうれしさを感じられたのは大きな財産」と語ったYさん。4月に抱いていた不安は9月頃から薄れたと言い、翌年の2月、「これからの自分の人生に、有意義な時間と少しの自信をありがとうございました」と結んだ。
 学ぶことは楽しい。そのシンプルで本質的な学びの価値を、シニア世代×大学×ICT(情報通信技術)が創り、私たちに思い出させてくれたことに感謝したい。

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森で子どもに学ぶ、子どもに伝える
-小西貴士さんの自然教育-

中川僚子

「記録的な猛暑」や「集中豪雨」など、地球環境問題が身近に迫る中、未来を担う子どもたちへの環境教育が求められている。一方、持続可能な社会づくりのために、「大人が子どもから学べることがある」、「子どもには危機感よりも先に伝えるべきことがある」と主張する人物がいる。八ヶ岳南麓の森で自然教育活動に取り組む小西貴士さんだ。2022年12月、小西さんのフィールドを訪ね、子どもたちとの森の活動に同行し、話を聞いた。

■身体ごと森に「溶け込む」

【写真】 『子どもと森へ出かけてみれば』 小西貴士 写真/ことば フレーベル館 2010

 写真家でもある小西さんは、森で遊ぶ子どもたちをカメラに収め、ことばを添えて本にしている。訪ねた日は、4歳児8人がノネズミの冬の家を作る活動の日だった。木の根元に穴を掘り、石を組み入れてから落ち葉をかぶせ、枝を切って屋根をかけた。家づくりに熱中する子どもたちは、小西さんの写真で見た通り、森の自然に溶け込んでいるようだった。

【写真】完成したノネズミの家

 改めて「なぜ幼児を撮るのですか?」と尋ねると、「世界に対して開かれているというか、社会化されていない彼らの身体は魅力的です」と答えが返ってきた。小西さんによれば、「身体を通して世界を理解するのは、生き物としてあたりまえ」のこと。なるほど、全身全霊で森の木々や大地に働きかける子どもたちの姿から、自分も生き物だということが伝わってきた。 
 では、社会化された大人はどうだろう。自然から離れて、自分がその一部であることを忘れてしまっているのでは?と問いかけたくなった。「大人が子どもから学ぶことはありますか?」と聞くと、少し考えてから、「『地球は人の意識にのぼらないことも含めて構成されている』ということかな」と話した。確かに、自然界は多様で複雑だ。そう感じていると、小西さんが、「大人は何でも科学的に考えようとするけれど、それは人が創った世界ですから」と説明を加えた。

■「豊かな恵み」を伝える

【写真】子どもたちへ語りかける小西さん

 就学前から必要な環境教育とよく言われるが、それでは、大人から子どもへは何を伝えればいいのだろうか。小西さんは、持続可能な社会でも課題となっている「水」問題を例に挙げて、「大人はつい、『節水、節水』と教えてしまいますが、生活習慣よりも自分と水のつながりを感じられる方が大切です」と指摘した。真意を問うと、「例えば、溪谷は、飲めるような水が出しっぱなしになっているということなんです」と予想外の答えが返ってきた。
 小西さんの考えは、子どもたちに将来への危機感だけでなく、「自然の豊かな恵み」を伝えることも必要だということ。そして、「人と人以外のつながりが分かるといい」と加えた。森でノネズミの暮らしを知ったり、自分にとって特別な木との出会いが思い出になるなど、子どもたちにこうしたなつながりを育てることも大切だと説いた。

【写真】雪の森へ入って行く小西さんと子どもたち

 子どもたちを「幼い人」と呼ぶ小西さん。子どもが人として成長していくうえで大切なことはどんなことか、尋ねると、「世の中にいろいろな問題があっても、自分の存在そのものが奇跡的で素晴らしいことだと感じてもらいたいですね」と穏やかな表情で語った。
 今回、八ヶ岳南麓に横浜から出かけての取材だった。別れ際に「こんな森がなければ、小西さんの描く教育は他では無理でしょうか?」と不安げに聞くと、「都会でも、生き物のつながりが多様にあることは伝えられるはずですよ」と言われ、ほっとした。

【小西貴士さん】
山梨県北杜市高根町にある、主に保育や幼児教育、子育てに関わる人が学ぶための施設「ぐうたら村」の共同代表。森の案内や体験ワークショップ、セミナーなどを担当する。環境教育歴は20年以上。写真家でもあり、『子どもと森へ出かけてみれば』(フレーベル館2010)、『チキュウニウマレテキタ』(風鳴舎2020)など、著書多数。

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平面から立体へ~進化する地質図

大竹七千夏

 昨年、筆者が職場の研修で会議室に入ると、上部に凹凸がある白く大きな模型と映写機器が置かれていた。そこにあったのは、プロジェクションマッピングを用いた立体地質図。上空から町を見下ろす臨場感、鮮やかな映像に誰もが魅了されていた。
 平面の印象が強い地質図。立体的な地質図が登場するまでに、どのような変化があったのか。地質標本館(茨城県つくば市)館長の森田澄人氏に話を聞いた。

職場で見た立体地質図
平面の地質図(※1)

最先端技術を用いた立体地質図
 地質図とは、地層や岩盤の種類、それらができた年代で色分けしている地図のこと。資源開発やインフラ整備等に用いられるが、私たちの目に触れる機会は少ない。しかし、私たちが生活していく上では防災の観点等から、地質情報に向き合うことは重要だ。そこで誰もが一目で理解しやすい立体地質図が生まれた。
 地質標本館では、2018年から最先端技術であるプロジェクションマッピングを用いた立体地質図を展示。この技術は、コンピューターで制御した映像を、映写機器を用いて複雑な構造物の上に映像を映し出すものだ。館内では、全長9mの34万分の1の日本列島の地質図を展示。分解能が高い造型機で模型を作成し、5台のプロジェクターで投影するため、映像には歪みがない。模型には、背景画像1種(全10種)と個別画像2種(全30種)を同時に投影することが可能だ。

プロジェクションマッピングを用いた立体地質図

 立体地質図には数々の利点がある。まずは「立体的で空間的把握を助ける」点。屈んで見ると、富士山が日本で一番高いことが分かる。 
そして、従来の地質図では考えられなかった「情報を重ねられる」点が最大の利点。手前のパネルで操作が容易にでき、自身が知りたい情報を次々に重ねられるのだ。
 重ねられる情報には「活火山」といった地球科学に関する情報だけでなく、「学校の分布」といった生活情報もある。「学校の分布」を見ると、人の住む場所が平地や谷沿いに多いことが把握できる。「私たちは地形を利用して生活している。地層の種類や断層は地質が作っている。私たちの生活は地質に基づいて営まれているんです」。森田氏は地質情報の重要性を強く語った。
 現在、この技術を用いた立体地質図の活用の幅は広がっている。災害リスクの可視化を目的に展示会や学校の授業で活用されている。近年では、トンネル工事にも技術の一部が利用された。今後、教育や防災や都市計画といった分野での活用が期待されている。

地質図には時代が表れている
 最先端技術を駆使した地質図も登場しているが、基本となっているのは平面の地質図。日本で最初の地質図は明治9年に発行され、当時は炭田開発のために地質調査が行われた。「昔は資源開発が一番大事。次は、鉄道等インフラ整備のための地質調査。現在は地質災害が重要視されている。やっぱり地質図は時代が表れているんですよ」と森田氏は歴史を語る。

松山市の現在の地質図(※2)

 ここで、現在の地質図(愛媛県松山市)に注目していく。以前に比べて調べる項目が増加し、過去の地質図より色が細かく表示されるようになった。ただ市の中心部を見ると、色が細かく表示されていない。「人が住む部分の地質は、開発が進んでいることもあり、理解しにくいんです」と森田氏。
 地震が多い日本では、人が住む部分の地質情報を知ることは重要だ。しかし、平面の地質図からは得られない情報もある。そこで近年、都市域を中心に新たな地質図が作成された。
「人が住む」。これが鍵となった。「人が住むところは、建築時に多くのボーリング調査をしている。その情報を集めれば、地下の3次元的な地質情報が得られるのではないか」。既存のボーリングデータを用いた「3次元地質地盤図」が作成され、ウェブで公開された。このように地質図は進化していく。

東京都市域の3次元地質地盤図(※5)

 私たちの生活に密接に関係している地質図、今は手に取りやすい。まずは、自分の住んでいる地域の地質情報を調べてみてはどうか。

【出典】
※5万分の1地質図幅「横浜」(三梨昂、菊地隆男、産総研地質調査総合センター)(https://www.gsj.jp/Map/JP/geology4-8.html#08063
※20万分の1地質図幅「松山(第2版)」(宮崎一博、脇田浩二、宮下由香里、水野清秀、高橋雅紀、野田篤、利光誠一、角井朝昭、大野哲二、名和一成、宮川歩夢、産総研地質調査総合センター)(https://www.gsj.jp/Map/JP/geology2-5.html#Matsuyama
※3都市域の地質地盤図「東京都区部」(産総研地質調査総合センター・東京都土木技術支援・人材育成センター (2021) )(https://gbank.gsj.jp/urbangeol/data/models/tokyo/0607/index.html)
「地質標本館の日本列島の立体地質図を約40年ぶりにリニューアル」産業技術総合研究所
https://www.aist.go.jp/aist_j/news/au20180219_2.html
「積層型精密立体地質模型:3D造型とプロジェクションマッピングを用いた地下構造の新規可視化法とその応用」芝原暁彦・木村克己・西山昭一
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjca/53/1/53_1_36/_pdf
「切り羽に地質図!大成建設がトンネル用プロジェクションマッピングを開発」建築ITワールド
https://ken-it.world/it/2018/12/taisei-tunnel-projection-map.html

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環境中のDNAから生息する昆虫を特定!
「DNAバーコーディング」を昆虫で確立― 信州大学 竹中將起さん

石川晶一

 信州大学は、環境中のDNAから主要な昆虫を識別できる、革新的な手法を確立した。
 一般に生物は、遺伝的な性質を特徴づける短いDNA配列を持つ。これを昆虫のDNA配列を取り込んだ膨大なデータベースと照合することで、自動的に種を識別できるというものだ。「DNAバーコーディング」というこの手法は、製品のバーコードを読み取る方法と似ていることから名付けられた。
 従来は生物を捕獲し、形態情報に基づいて種を調べていた。しかし、それには多大な時間・労力・コストそして高い専門知識を必要とした。魚類や鳥類、哺乳類ではこの「DNAバーコーディング」が多用され、世界的にも需要が高まっている。一方で多様性の高い昆虫類では種を網羅的に識別することが困難だった。今後は昆虫類に対しても同様の手法を適用することにより、急加速的な種解析が期待される。 
 同大学理学部で研究責任者の竹中將起さん(特任助教・32歳)に研究内容や今後の取り組みについて聞いた(2023年1月15日)。

DNAバーコーディングのイメージ(本人提供)

専門は昆虫の進化、コロナ禍でフィールド調査を断念
―研究を始められたきっかけを教えてください。
 始めたのはコロナが最もひどい2020年。当時基礎生物学研究所(愛知県岡崎市)の研究員でした。昆虫進化の最大要因である翅がどのように獲得され今に至る形態になったかを、カゲロウをモデルにフィールド調査・研究していました。県境を跨ぐ移動ができない等の制約もあり、徐々に調査が難しい状況となっていました。フィールドにいけないならラボでできることをやろう。そう意気込んで始めたのが昆虫の「DNAバーコーディング」の確立でした。

―昆虫ではどうして確立できなかったのですか。
「DNAバーコーディング」を行うには、解析対象の種が持つ共通のDNA配列が必要です。我々はそれを「標準化された遺伝子領域」すなわち「DNAバーコーディング領域」と呼んでいます。魚類や鳥類、哺乳類ではそういった領域が見つかっており、この解析が多用されています。一方、種多様性が高い昆虫類で見つけるのは困難とされていました。川や池の水を汲むだけで、そこに生息する生物を特定する「環境DNA解析」が世界的にも話題です。しかし、こと昆虫類においては当時スタンダードとされていた領域の配列が長く、垢や糞などの分解が進んだDNAを解析するには不向きでした。
 そこで私は、全ての昆虫類を網羅的に区別できる短いDNA領域の探索と、その領域の増幅起点となる遺伝子断片(プライマー)の設計をめざし、実験を繰り返しました。その結果、昆虫類の主要な系統(14目43科 68種)を網羅した領域の探索とプライマーの設計に成功。当時のラボや出身大学に、膨大な昆虫類のDNAサンプルがあったのも恵まれていました。

主要な昆虫類14目43科68種の解析に成功(本人提供)

昆虫の保護が「生物多様性」へ貢献

―昆虫を把握することの意義は何でしょうか。
 地球上には多くの生物が生息していますが、昆虫は最大で約100万種。これは全生物の6割に相当し、実際には数千万種いるとされます。国際的に生物多様性を守る取り組みが重要視され、環境保全や希少種の保護といった課題を解決するには、生息地の生物種を把握することが急務です。しかし、手あたり次第に捕獲して種を調べる方法ではとても間に合いません。私はカゲロウが専門ですが、昆虫の種同定は本当に難しいのです。「DNAバーコーディング」は、これらの難題を一気に解消できます。僅かなDNAを採取できれば、人が踏み込めない場所の昆虫も特定できるのです。

―今後の課題について教えてください。 
 今回確立した昆虫の「DNAバーコーディング」は、主要な昆虫類をカバーできる領域が特徴ですが、まだデータ量が少なく登録種数を増やさないといけません。今後は、データを効率よく蓄積する仕組みづくりにも取り組んでいくつもりです。データベースを充実させて、昆虫を調べる方法のグローバル・スタンダートにしたいですね。

竹中將起さん(本人提供)

プロフィール 竹中將起さん
1990年、奈良県生駒郡生まれ。信州大学理学部生物科学科卒(学士・理学)。信州大学大学院総合工学系研究科修了(博士・理学)。専門は、昆虫の系統進化・進化生物学で、カゲロウを中心に昆虫翅の進化について遺伝発生学的アプローチから研究に取り組む。2022年より信州大学理学部理学科特任助教。「魚を捕る二ホンザル」の撮影に世界で初めて成功。その様子はNHK総合テレビ「ダーウィンが来た!」で紹介された。

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「医工連携」に独自環境で挑む―女子医大・早大の共同研究施設

青松香里

 二つの大学が協力して建てた、珍しい研究施設がある。東京女子医科大学と早稲田大学の連携施設、通称「TWIns」(ツインズ、東京女子医科大学・早稲田大学連携先端生命医科学研究教育施設)だ。どんな施設で、どのような成果が生まれているか。2022年末、現地を訪れた。

研究者たちがつくった、壁のない空間
 女子医大と早大は数十年前から、人工臓器などの医用材料研究で協力し、日本の「医工連携」(注)を推し進めてきた。文字通り「一緒に」研究する場所が必要と考えた両大学の研究者たちがアイデアを出し合い、2008年にこの施設を誕生させた。

「すごいものをつくったな、というのが率直な感想だった」――女子医大先端生命医科学研究所長の清水達也教授は、開設当時をこう振り返った。大学の研究室といえば、居室や実験室が分かれていることが多いが、ここでは大学の間だけでなく、研究室の間の壁もできる限り取り払われている。実験室や機材を共有することで、研究者の交流や共同研究を促す狙いだ。

 

 

 

 

個人の視野広く、施設の知は循環
 清水教授のもとでは、研究室や班などの区割りもない。心臓の研究者の隣に肝臓を研究する学生、その横には培養肉の作製に取り組む企業の研究者がいる。

 この工夫は研究者一人ひとりの成長だけでなく、知の循環という形で実を結び始めた。卒業生が共同研究先の企業で働いた後に博士課程を取得しに戻ったり、ベンチャー企業を立ち上げてTWInsへの入居を考えたりしている。
 「ここでは医工連携に関することは何でもできる。研究室が違っても、設備を共有し技術を教え合える」。そう話す早大先端生命医科学センター長の武岡真司教授のもとでも、化学と生命科学の両方の知見を持つ、視野の広い研究者が育っているという。

環境生かせる人材への期待
 施設内の壁を取り払うだけで、連携が進むわけではない。独自の環境をどう生かせば医工連携につながるか、模索が続いている。清水教授は若手研究者のマッチング制度などを構想する一方、新しいことに挑戦する意思と強いリーダーシップを持つ人材に期待する。
 大学職員も、施設の独自性を内外にアピールする。未来のTWInsを担う中高生にも魅力が伝わるよう、昨年YouTubeアカウントを開設し、動画の配信を始めた。コロナ禍で中断している施設見学ツアーや模擬講義も来年度には復活させたい考えだ。
 TWIns内でさまざまな立場の人に話を聞いた中で、特に印象に残ったのは早大生命医科学科4年の山田貴臣さんだ。オープンラボでの雑談が、他の研究室から技術を教えてもらうきっかけになったと話してくれた。TWInsの価値を認識し日々の研究に生かす若い学生がいることは、TWInsがこれからも医工連携を象徴する唯一無二の施設であるために最も大切なことではないか。

(注)医工連携とは:医学と工学が協力して研究開発を行い、共通の研究成果や技術開発、事業創出を生み出そうとすること。「医療現場の困りごとを、ものづくりの力で解決する」ことを目指す。最近では東京工業大学と東京医科歯科大学が2024年度に統合し「東京科学大学(仮称)」となることが発表された。

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細胞1個でストレスをとらえる~社会への応用に向け

                            次山ルシラ絵美子

 生体で最も複雑な臓器である脳は、思考や行動、感情の表現など、人らしさに関与する。一方で、環境や病気の影響を受けやすい性質がある。小児・思春期におけるストレスや神経疾患は、脳機能に影響を及ぼし、社会生活に支障をきたす可能性がある。ストレスが脳にどんなダメージを与えるのか、メカニズムの解明にどんな技術が必要なのかを、米国アラバマ大学ビンガム校の博士研究員ジョゼ・フランシス=オリベイラさんに聞いてみた。 
 オリベイラさんは大学生時代から脳科学に興味を持ち、新技術に挑戦しながら、神経精神疾患のメカニズムや社会への影響について研究を進めている。長年経験を積み重ねてきた結果、昨年NatureのScientific Reports雑誌に論文が投稿された。

ストレスモデル動物の作成と評価 
 オリベイラさんは、思春期におけるストレスが脳の機能にどんな変化を及ぼすかをモデルマウスで調べている。まず、社交的に生きているマウスは、隔離されると、ストレスが生じると知られている。その性質を利用し、ストレス感じやすい条件を作りだすために、思春期のメスマウスを隔離し、他の動物と交流できなくする。しばらく経つと、うつ状態が生じ、ストレスが脳にダメージを及ぼしたとみられ、モデルマウスができあがる。オリベイラさんは、このマウスの社会的行動や子育ての観察に加え、脳内の神経細胞の活動を一個ずつ評価している。しかし、細胞内で起こっているプロセスはどのように調べられるのか?

電気生理法と研究の社会展開
 神経細胞は電気信号をやり取りし、他の神経細胞とコミュニケーションをする。これを読み取る手法が、電気生理法だ。マウスから取り出した脳のスライス一枚に、多数の神経細胞から1~2個選び、電極を細胞膜に刺し込む。神経細胞内から発生する電気信号の電流や電圧を読み取って神経細胞の活動の変化や異常をとらえていく。細胞一個ずつ操作できるので、薬剤を投与した時に、神経細胞への影響をリアルタイムで評価ができるのが特長だ。
 オリベイラさんは「データの準備や解析に数日かかる従来の方法より、正確かつ精密に解釈することができる」と電気生理法の利点を強調する。
 研究は始まったばかりで、結果はまだでていない。ストレスにどんな物質や要因が関わっているのか、そのメカニズムを解明することが、目標という。将来的に、動物で発見された要因が人間でもみられた場合、ストレスが及ぼす精神疾患の原因の他、薬剤の活性、治療法の開発、発病の予防につながると考えている。

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ジェンダード・イノベーションの潮流―性差の気付きでお宝を手に入れようー

佐々木 弥生

 研究開発や製品化の際に性差を考慮しイノベーションに結びつける動きが注目されている。昨年4月には日本の拠点となるジェンダード・イノベーション研究所がお茶の水女子大学に開設された。同研究所の佐々木成江特任教授に経緯や課題を聞いた。

ポジティブで革新的な考え方

ジェンダード・イノベーションの意義やフェムテックとの関わり、今後の方向性について説明する佐々木さん(取材時のZoom画面から)

 ジェンダード・イノベーションとは、生物学的、社会的な「性差」の視点を研究開発に組み入れて新たな価値を創造しようという考え方。見過ごされていた様々な問題、例えば睡眠導入剤などの薬の用量が男性のデータのみで定められ女性では効き過ぎていたことや、シートベルトが妊婦の流産率を上げてしまっていたことなどに光が当てられた。
 提唱は2005年、スタンフォード大学のロンダ・シービンガー教授による。佐々木さんは「(ジェンダー)バイアス」ではなくポジティブな「イノベーション」を用いたことが文字通り革新的だと言う。日本に導入されたのは2016年。マスコミでも取り上げられてきた。

ジェンダード・イノベーションに関する日本国内の主な動き

反省を基に理念を持つ大学に拠点を作る
 佐々木さんは2019年にある記事でこの考え方を知り、その日に政府の小委員会で紹介、普及に邁進する。根底には、真理に近づくための研究に携わりながら隠れたジェンダーバイアスに全く気付かなかった自分への反省があると打ち明ける。「(自分と同じように)ほとんどの人も気付いていないはず。そこにはお宝が沢山残っており、学問が豊かになるはず」
 日本に根付かせるには政策に加え拠点が必要と佐々木さんは考えた。最適なのは女子教育を牽引する理念と女性教員の層の厚さ、複数の関連研究所を持つお茶の水女子大学。早速、古巣でもある同大学の学長や教員に話した。「すーっと受け入れられる感じ」「この環境だったらいろんなことができるという希望を感じた」

フェムテックから社会の意識を熟成する力を学ぶ
 片や産業界では2016年頃にフェムテックが登場した。女性を表す英単語フィメールと技術を示すテクノロジーからなる造語で、女性特有の健康課題を解決する新製品やサービスを生み出す成長市場。現在ではジェンダード・イノベーションの一分野とされている。
 フェムテックが広まり、これまでタブー視されていた生理を正面から取り上げるなど、社会が変わる様を佐々木さんは学んだ。「『ここに差があった』『ここは差を補わなくてはいけない』という公正(エクイティ)*の意識を熟成する力がある」そして「産学連携をかなり強く意識していることは日本の特徴」とも。

研究力とネットワーク作りで豊かな社会を
 海外の助成金プログラムでは2010年頃から性差分析を求めるよう対応、Nature(ネイチャー)など大手ジャーナルも投稿規定を整備してきた。出遅れている日本の一番の課題はどこか。佐々木さんは「研究力」と言い、研究費の付け方も海外のように改善すべきと指摘する「今まで雄だけで研究していたのを、雌も入れるにはお金もかかる。研究者にとっては(雄の実験動物で結果が出ていても)雌で有意なデータが取れるか分からないというのはハードルになる」 ジェンダード・イノベーション研究所は他大学や学会とのネットワーク作りにも力を入れる。自由な発想でテクノロジーを活用する術というお宝を手に入れ、豊かな社会を築くために。


*公正(エクイティ)とは、国籍や性別、生まれ育った環境などのバックグラウンドは人それぞれ異なるという前提にたち、全ての人が同じ機会を得られるように配慮・必要に応じてサポートするという考え方。「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)」として多様性推進の文脈で広まり、全ての人に同じサポートをする/もしくはしないことを示す「平等(エクオリティ)」との対比で説明される。

関連リンク
・お茶の水女子大学 ジェンダード・イノベーション研究所
https://www.cf.ocha.ac.jp/igi/
・「自然科学、医学、工学におけるジェンダード・イノベーション」Londa Schiebinger(訳:小川眞里子)https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits/22/11/22_11_12/_pdf/-char/ja
・ジェンダーサミット10報告書
https://www.jst.go.jp/diversity/pdf/seminar_reports_ja.pdf
・女性版骨太の方針(女性活躍・男女共同参画の重点方針)
https://www.gender.go.jp/policy/sokushin/sokushin.html
・日本学術会議「(見解)性差研究に基づく科学技術・イノベーションの推進」
https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-25-k221110.pdf

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東大宇宙物理学者 村山斉氏の人生の方程式
~情熱が持てるものを見つけた私の新たな歩み~

M.A.

「私の人生を振り返ると数式で表すことができます」
宇宙物理学者で、東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構の村山斉初代機構長が、テレビ番組で黒板に数式を書き始めた。
 村山氏はドイツ・日本・アメリカで生活をし、研究者として色々な経験・苦労される中で宇宙に関するいくつかの謎を解明している。人生は数式で表すほど簡単な話ではないが、村山氏がどんな数式を書くのか、ワクワクしている自分がいた。
 黒板にはランダムウォークの数式(拡散方程式)が書かれ、ランダムウォークの様子が映像で流れた。

図1:ランダムウォークの数式
(出典:NHK ACADEMIA)
図2:ランダムウォークの様子
(出典:アシアル情報教育研究所)

 そして、村山氏はこう伝えた。私の人生も行ったり来たり。途中、その場に留まっているように 見えるんですけれども、ふっと突破口が開いて進んでみたり、また違う方向に行ってみたり。直線の方程式のように時間を 2 倍にすれば距離が2 倍になることはないが、ルート 2 倍は進んでいく。寄り道の多い人生だったが、自分が宇宙・素粒子の研究をしたいという情熱を持てたおかげで、前に進むことができた」
 この言葉が、異動して悩んでいた自分の心に響いた。

<不安の中でもがいていた一年、そして見つけた新たな目標>
 私は2009年、ソフトドリンクやお酒を製造・販売する会社に新卒で入社し、生産研究部門の方針・戦略を企画・策定する仕事をしてきた。ところが、2020年4月、コロナ禍に健康食品を製造する工場の生産管理部門へ異動となった。 
 新部署では、これまでと仕事内容や必要とされる専門性が大きく変わることから、新しい部署で  何を期待されているのか、どう成長していけばいいのかと不安になっていた。また、コロナの影響で出社が出来ず、部署の人たちとオンラインでしか顔を合わすことができない。自宅で一人で仕事をしていると、会社・部署に属する意味は何かを考えることもあった。
 その不安から人生設計のセミナーの受講やマインドフルネスのトレーニングをするも、どうもしっくりこない。また、自分の存在価値を高めようと経営大学院に向けた挑戦をしてみても、自分のために本当になっているとは思えず、時間だけが過ぎていくような虚しい気持ちになった。
 その時に一度立ち止まって、自分は何をしたいのかを就職活動中のノートを見返したり、大切にしている価値観を書き出したりしながら改めて考えてみた。
お客様が自社の製品を安心して飲んでもらうために、品質の高さを伝えたい
 自分が情熱を持てる新たな目標を1年後に見つけることができた。

<心を支えてくれた村山氏の言葉 ~途中壁にぶつかっても、前に進み続ける~>
 その後、製品の品質の高さを知ってもらう活動を考え、思い切って上司に提案するとGoサインをもらうことができた。ただし、ここからが苦難の連続。提案した内容を形にするために様々な人と話をするが話は発散するばかりで内容がまとまらない。また、他の業務もあり、なかなか思うように進まず、体力・精神的にもハードな時期であった。
 そんな時に「その場に留まっているように見えるけど、ふっと突破口が開いたり」「途中、壁にぶつかることがあっても前に進むことが大事」という村山氏の言葉を電車に乗っているふとした瞬間に思い出した。 
「言い出したからには最後までやり切りたい。そのためにはとにかく前に進むしかない」と腹をくくって仕事を進めた結果(少し強引だったかもしれないが)、約1年半後に成果を出すことができた。
 自分の社会人人生はまだ10年強。周りと比べると進んだ距離は短いかもしれないが、情熱を注げる目標に向けて途中壁にぶつかりながらもあきらめずに前に進み続けたい。

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植物学者 牧野富太郎の宇宙

支倉千賀子

 日本の代表的な植物学者と言えば牧野富太郎の名前が挙がる。多くの植物学者の中で牧野の名が出るのは、日本の植物学の草創期から40万点にも及ぶ植物標本を集めて研究し、学名のついた植物図鑑を出版したからだ。
 牧野は東京帝国大学理学部に助手や講師として47年間も務めた。だが、これほど多くの標本(精力的に採集可能な年数を50年として年間8,000点)を集めることができたのは日本全国の植物採集会で地元の研究者や愛好家と絆をつくったことのほうが大きい。
 参加した人々は現地を案内して指導してもらい、牧野は自分で採集した標本を論文に引用することができた。牧野の写真は意外に多く残るが、こういった会の人たちが記録として撮影したものだ。
 元高知学園短期大学教授の寺峰孜さんは、「特に生まれ故郷の土佐高知には何度も足を運び、多くの人と生涯かかわり続けた」と言う。たとえば日本の学術雑誌にはじめて学名が発表された日本固有種の「ヤマトグサ」は秋田県から熊本県まで点々と分布するが、高知で最初に発見されている。ヨコグラノキ(横倉山)、トリガタハンショウヅル(鳥形山)など地元の山の名を冠した植物も多い。本草学者で医師の大倉遊仙や旧制高知高等学校の教育者だった吉永悦郷(よしさと)・虎馬兄弟、医師で植物研究家の上村登など土佐の人々は、青年時代から牧野を歓待し、指導を受けた。土佐の自然と人が牧野を植物学者として世に送り出したともいえる。

 一方、こうした研究方法は現在にいくつかの課題を残している。東京大学総合研究博物館の植物分類学を専門とする池田博さんは、「牧野の膨大な標本の多くは整理され一般公開されるようになったが、学名のもとになった基準標本の確定など基本的であるが重要な研究はまだ終わっていない」と言う。
 牧野の論文にはこれが基準標本であるという情報が少なく、40万点の中から見つけ出して確定するのは至難の業だ。牧野富太郎のつけた学名は古く基本的なものが多いだけに、今世界で進められている地球上の全生物種を一覧にする生物多様性の解明の指針となる。しかし、基準標本についての海外からの問い合わせに十分に対応できていないのが現状だ。
 一部公開されている牧野の日記には、いつどこでどんな植物を採取したかや誰に会ったかなど細かく書かれている。基準標本の探索に欠かせない情報であるが、これにも記録の欠けは少なくない。指導を受けた人の日記や手元に残る書簡などから標本の採集情報を補うことができれば、学術的な研究も進みやすい。人物牧野に詳しい練馬区立牧野記念庭園の学芸員、田中純子さんは「牧野に宛てた書簡は牧野記念庭園や高知県立牧野植物園に所蔵されている。一方で牧野が送った書簡などは現在も各地の牧野と交流した人々やその遺族、地方の博物館が持っていて、一般に出てこないものが圧倒的に多いが、どちらもまだ研究されていない」と指摘する。
 牧野は自分を植物の精と称し、植物採集にいそしんだ生き様を「草を褥(しとね)に木の根を枕 花を恋して五十年」と詠んだ。生涯にわたり日本全国の人々と交流した研究方法は、いまでも牧野を日本の代表的な植物学者たらしめている。その足跡は、手紙やはがきだけではなく一緒に歩いた峠や山道、泊まった宿、降りたった駅や港など日本各地に時間を隔てはるか遠い「宇宙」の星のようにあり続けている。

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「現状、仕事にならない」環境保全を⽀える仕組みづくりを 北海道の陰の⽴役者が⽬指す保全のかたち

五藤花

 北海道の⼀年は彩り豊かだ。春には冬眠から⽬覚めたシマリスが、エゾエンゴサクの⽔⾊の花絨毯を駆けていく。緑が濃くなって、地⾐類が垂れ下がる苔むした森からは、エゾ シカが顔をだしてこちらの様⼦を窺っている。カラマツが⻩⾊く彩る頃には、サケの遡上 を狙ってヒグマの親⼦が川で待ち伏せている。そして、川霧が⽴つ頃、冷え切った⼀⾯の 銀世界で、タンチョウが舞う。
 ⼈々を惹き付けてやまないその美しい⾃然を、陰で⽀えている⼈がいる。
 北海道の環境保全に取り組む⻑⾕川理(はせがわ おさむ)さんは、現在NPO 法⼈環境 保全事務所EnVisionの研究員として活動している。

写真左:NPO法人EnVision環境保全事務所がドブネズミの駆除を行っている天売島。北海道の海鳥の貴重な一大繁殖地となっている。
写真右:シマフクロウの餌となる魚が行き来できるように配慮した魚道。EnVisionのなかでも長谷川さんが中心となって、この魚道づくりのイベントを運営した。

 長谷川さんの仕事内容は、北海道の野生動物と密接にかかわっている。これまで、環境省の事業を中心に、ヒグマ、エゾシカ、タンチョウやシマフクロウなどの保全管理に携わってきた。
 保全のための調査研究に加えて、市民参加型イベントも担当している。2022年12月にはシマフクロウが棲める環境を整備するため、専門家と市民とが一緒に魚道をつくるイベントを運営し、多くの参加者を北海道各地から集めた。

フラットな関係から生まれる議論が環境保全をつくる
 長谷川さんの仕事の一つは、会議の運営など、合意形成の場をつくることだ。環境保全事業は誰かの一存で進められるのではない。地域の住民、大学教員などの専門家など、様々な立場の人々が協力して行う必要がある。環境保全について皆で意見交換する場が、実は北海道の自然を支える根っことして存在している。
 しかし、そこでは多様な価値観が錯綜する。意見の衝突がおきる場合もあるが、保全活動を進めていくうえでは、押し問答を続けるわけにもいかない。
 長谷川さんが皆をまとめる立場として大事にしていることを聞くと、「上下関係でなく、役割分担しているという考えで、皆をフラットに考えることですね」という。誰かの意見の押し付けではなく、皆で対等に意見交換をしてゴールを目指す姿勢づくりをサポートすることが、スムーズで有意義な環境保全活動の進行につながっている。
 長谷川さんは、保全にかかわる人々をつなげる根幹を担っている。その様子から、長谷川さんを「今後の北海道の環境保全を支える第一人者」と評する人もいる。

自主的に活動しづらい現状
 現在長谷川さんが勤務するNPO法人EnVisionでは、専門的な知識や技術を活かして、環境省の事業、例えば絶滅のおそれがあるタンチョウの保全活動などを請け負っている。そういった事業中での業務が長谷川さんの仕事の多くを占めているが、長谷川さん自身は「できるなら、もっと自主的な保全事業も企画していきたい」という。

写真:国内で繁殖する唯一のツルであるタンチョウ。長谷川さんらが請け負う環境省の事業が、その保護増殖計画の一端を担っている。

 そのための工夫として、助成金等を使えば、自由な発想で新しい保全活動を企画することができる。その使途は実費に限られている場合が多く、人件費にはならないが、事業を請け負ってくれた人への謝金としては用いることができる。従って、誰かが企画した保全事業を委託される形であれば、給与を受け取りながら環境保全ができるというわけだ。
 とはいえ、それでは自発的に保全をしたい人が自身では生計を立てられないことになってしまう。現状、環境保全活動はお金にならないから仕事にできない、とその道をあきらめる人も少なくない。子供のころから野生動物を守る仕事に就きたいと思っていた長谷川さんも、紆余曲折を経てやっと今の職に辿り着いたそうだ。
 長谷川さんは、環境保全活動を支える仕組みに問題意識を持っているという。
「野生動物の保全活動を仕事としてやるのは、まだまだ選択肢が少ない。保全に携わりたいと考えている若者のためにも、仕事を増やしてあげたい。そういった企画に対して、アメリカやヨーロッパなどではもうちょっとスポンサーシップが充実していると思う。今後日本でも、社会が環境保全を支える仕組みが変わっていくことに期待したい」
 人々の尽力によって生き延びてきた北海道の貴重な美しい自然。それを守り続けるため、いま、仕組みの変革が求められている。

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