科学ジャーナリスト塾第21期(2023年9月〜2024年2月)塾生の作品

 JASTJでは、いかにして科学を社会に伝えるかを学び合う「科学ジャーナリスト塾」を毎年開催しています。第21期の塾生がそれぞれ独自の切り口で取材をして制作した作品を紹介します。

科学ジャーナリスト塾第21期メインページへ戻る

科学の目で感性を捉える
~森と人をつなぐプロジェクトの挑戦~ 

中川 僚子

中村和彦講師

 ストレス解消や癒しを求めて山や海へ出かける 人は多いだろう。医学的にも森林浴が人の免疫力や治癒力を高めることが明らかとなっている。一 方で、自然環境学の視点から、森林空間を活用し た多彩なプロジェクトに取り組み、森と人とのつながりを学術的に記述する方法論を探究している人物がいる。東京大学・新領域創成科学研究科に 中村和彦講師(39)を訪ねた。

オンラインでつなぐ(サイバーフォレストプロジェクト)

原生の森に設置したロボットカメラ (画像提供 中村氏)

 「サイバーフォレスト」とは、一口に言うと森のライブモニタリングシステムのことだ。ライブ機能とアーカイブ機能を合わせ持つ情報 通信技術である。中村研究室では、オンラインで森と人をつなげ、地球規模の問題を共有する可能性を探っている。
 具体的には、原生の森にロボットカメラを設置して、映像と音声をリアルタイムで配信・記録する。オンラインに接続するだけで、夜の森の生き物の足音を聞いたり、森のフェノロジー(生物季節)(注1)を調査することができる。
 「音には風景がある」とする「サウンドスケープ」(注 2)という概念がある。人が感じる自然の音や生活の中の音を社会、歴史、文化の「風景」として捉え、現代社会の課 題解決につなげる考え方だ。サイバーフォレストは、いつでもどこでも遠く離れた森のサウンドスケープを体感できるシステムと言える。
 プロジェクトの始まりは1995年。創始者は元東京大学教授の斎藤馨氏だ。中村氏は、東大の学部生だった2003年にプロジェクトに加わり、現在は代表として膨大なデー タを管理する。

音楽でつなぐ(林内楽プロジェクト)

 「林内楽」(りんないがく)とは、中村氏の造語だ。室内楽に対して森林の中で音楽を 演奏したり鑑賞することを意味する。中村研究室では、2020年から林内楽が森と人をつな ぐ媒体となる可能性を調査している。
 例えば、屋内のコンサートホールと森の野外ステージで同じプログラムの演奏会を開いたところ、森で演奏を聴いた人々から「鳥のさえずりや木々のにおいを感じた」と回答があったという。風にのって広がる演奏のハーモニーが、森全体の音に耳をすます感覚を促 したのだろう。森の音楽会で鳥のさえずりが聞こえてくる感覚は、森のレンジャーから「ほら、〇〇が鳴いていますよ」と教えられるのとは違うはずだ。自らの感性が捉えた森 の音は、心身に直結した経験となる。
 音楽の世界には自然の情景を現した作品が多くある。現代社会において、音と空間を共有する音楽会という活動が、森と人を新たな形でつなぐ可能性が見えてきている。

林内楽コンサート~東京大学富士癒しの森研究所~(画像提供 中村氏)

 感性の価値を科学で探る

居室のテーブルとイス

 「人が直観的に評価している事柄にも学問としての価値がある。音楽のような芸術には、科学が及ばない方法で自然を捉えている可能性がある」と中村氏は主張する。一方で、心理的な体験や感性による表現を既存の科学方法論で記述することは難しい。仮説を 立てて何かを「問う」という行為そのものが、被験者の心理や感性に影響を与えてしまうからだ。
 現在、中村研究室では、演奏会の録画から奏者や聴衆の表情や動作など、無意識下で表出する非言語情報を数値化する技術を開発している。また、質問紙やインタビュー調査での効果的な問いの立て方を研究中だ。人文科学的 なアプローチも視野に入れ、人が森と新たな関係を築くプロセスを学術的に論じる方法論を探究し ている。
 「課題へのアプローチがまだ見えていない分野 にこそ魅力を感じる」と微笑む中村氏。とかく研究の「成果」が重視されがちな学術界で、中村氏は原生の森を進むような冒険心を持っているのだろう。居室には大きなモニターと、長野県産の切り株のテーブルセットがある。技術と自然が同居する空間でコーヒーの香りに包まれながら、研究の森を案内して頂くインタビューとなった。

 

(注1)フェノロジー:生物季節学とも訳される。芽吹きや開花など、自然界で季節的におこる動植物の時間的変化と気候や気象との関連を研究する学問。
(注2)サウンドスケープ:カナダの作曲家マリー・シェーファーによって提唱された概念。風景には音が欠かせないという考え方。

中村 和彦 氏 (東京大学大学院 新領域創成科学研究科 自然環境学専攻 自然環境景観学分野講師) 森林科学・教育学を基礎として、感性的認識と情報通信技術により、自然環境と人間社会との現代的な関係性について多角的な実践研究を行っている。

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多様化する研究者スタイル
―研究の道に進むか迷っているあなたへ―

中小路菫

 理系学生の皆さんであれば、将来について考えるとき、研究を続けるか、それとも全く別の世界へ進むのか迷う方が多いのではないだろうか。
 もし「研究」は好きだが、「自分が研究者として活躍できるようなフィールドがあるのか」という不安をお持ちの方がいれば、是非紹介したい研究者がいる。

無縁の業界に飛び込んだ「微生物のプロデューサー」

上野氏

 株式会社アルケミックラボ代表の上野嘉之氏である。筆者は彼に出会ったことで「研究者」に対するイメージが大きく覆り、民間企業での研究の道に進むことになった。彼は自分のことを「微生物のプロデューサー」と例える。  
 上野氏が研究者の道を歩み始めた1980年代は、日本が国家単位でバイオ産業の推進へと舵をきりつつあった過度期であった1)。そのような潮流の中で、上野氏はゼネコンの研究機関の微生物部門の社員第1号として入社した。
 微生物やバイオ技術とは無縁の建設業にも、環境という接点でバイオ技術が活かせると考えたそうだ。

 

様々な角度から研究を推進

 上野氏は、大学で学んでいた応用微生物学2)の知見を基に微生物燃料電池3)、バイオガスリアクタ4)などを開発、微生物たちの活躍の場を広げた。入社当初は、彼にとって異分野の土木や建築を専門とする社員へ自分の研究を説明するのは大変苦労したそうだ。しかし、基礎研究の結果を技術に昇華させるには必ず異分野との連携が必要となる。研究者には研究を推進する力とともに異分野との仲介者=翻訳者としての能力も要求されると感じたらしい。
 また他研究機関への出向や、海外の大学との共同研究、大学での講義等も受け持ち、社内だけでなく、橋渡しの役割と技術の普及も行なってきた。結果として当時はまだ認識されていなかった「環境バイオテクノロジー」の創成と発展に貢献していたのだ。
 上野氏はゼネコンを退職後、「株式会社アルケミックラボ」を設立、「研究コンサルタント」として、ゼネコン時代とは別の角度から微生物学の研究を続けている。また最近では微生物の機能をもっと一般社会に認知してもらうための科学コミュニケーション活動にも注力している。
 社名は、Alchemy(錬金術のように価値がないものから価値があるものを創出する)に由来する。発酵など微生物によるモノ作りで新な価値を創造したいという思いが込められている。

微生物学は多分野をつなぐ架け橋になれる

 微生物は、私たちの体内、土壌、廃水処理などあらゆる場に存在し、働いている。日本酒や味噌などの発酵食品は微生物たちの成果物である。しかし、微生物がアートにかかわっていることは、あまり知られていないだろう。
 例えば「藍染」という日本固有のアートも微生物の働きによる技法である。インディゴの発色には微生物反応が関与しているのだ。現在、上野氏は藍染に関わる微生物の機能解析を通して、バイオとアートを融合した研究など、未知のコラボレーションを探求し、微生物たちの活動の幅を開拓している。
 上野氏はこう語っている。
 「土壌、海洋、大気、腸内細菌など、自然界の多くの物質循環に微生物が関わっている。その歴史は数十億年に及ぶ。そう考えると地球は微生物の惑星なのだ。微生物学は、食品や医薬品製造だけでなく、環境やアートといった衣食住に関わる様々な分野と繋がっている。だから異分野融合のきっかけにもなりやすい。歴史的に見ても学際領域こそ発見の宝庫なのだ」

研究者の新たなスタイル

 研究ができるのはアカデミアや研究開発部門を持つ企業だけではない。最近では研究者によるベンチャーやスタートアップも目立つようになってきた。テーマを自ら提案し、自身で未知の分野に飛び込んでいく気持ちがあれば、どこにいても研究者。そこには必ずオリジナリティがある。なんとなくでも「研究」が好きという思いがあれば、自分がどのように「研究」に関わることで、一番自分らしく、生き生きとしていられるのか考えてほしい。 上野氏は微生物の可能性を広げ続ける研究者であり、広報活動も行うプロデューサーである。
 「誰もまだ手を付けていない新しい分野を切り開いていくことに挑戦することが楽しい。研究者ってその人の生き方や生き様」と語った。

注釈

1)1980年代は、下記のように省庁内に様々なバイオ関連の部署が立ち上がった。
   1982年通産省バイオインダストリー室設立
   1983年厚生省ライフサイエンス室設立
   1984年農水省バイオテクノロジー室設立
2)応用微生物学
  微生物の機能を理解し、応用する学問
3)微生物燃料電池
  燃料電池の触媒として微生物を用いることで、有機物から直接電気を取り出すことができ、 汚泥の発生が非常に少なく、発電機のいらない電力回収型廃水処理プロセスとして21世紀の バイオマスエネルギー転換のカギを握る技術として期待されている。
4)バイオガスリアクタ
  生ごみなどの有機性廃棄物を微生物が分解し、さらに分解過程でメタンを主成分とするバイオガス を生成する技術。回収したバイオガスや電気や熱に利用することができる。有機性廃棄物の減容化 とともに非化石燃料であるバイオガスを生成することから、脱炭素社会の形成に貢献する技術とし て注目されている。

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『算数・数学の自由研究』作品コンクール
身近な課題を学びのきっかけに

川本絵莉

 夏休みの自由研究で、算数や数学をテーマにしたことはあるだろうか――。理科や社会は想像できても、算数・数学は想像できない人も多いだろう。実は、小学生から高校生まで、算数・数学をテーマに応募できるコンクールがある。 (財)理数教育研究所 理事長 岡本和夫氏 が主催する「塩野直道記念『算数・数学の自由研究』作品コンクール」だ。今年度は第11 回を迎え、1万5699 件の応募があった。昨年12 月17 日には、その中から優秀作品が選ばれ、表彰式が開かれた。
 「好きな教科は算数・数学ではなかったけれど、今回を機に算数・数学にも取り組んでいきたい」今年度の表彰式で、参加者の一人はこう話した。優秀作品に選ばれた子供たちも、実は算数が好きな子ばかりではない。同研究所常務理事の山本吉延さんも、子供の頃は算数が嫌いだった。小学生のとき、計算ドリルをやらされたり、問題集を解いて答えを出したりするばかりで、日常生活で何の役に立つのか分からなかったからだ。今算数が嫌いな子供たちも、同じような理由なのではないか、と山本さんは自身の経験から分析している。そのため、コンクールでは、身の回りの問題からテーマ設定をした研究を求めている。「これで算数・数学を好きになってくれると期待している」と山本さんは話す。
 過去に応募された研究のテーマは様々だ。第一回コンクールでは、太宰治の『走れメロス』の文中から主人公メロスが走っていた距離や時間を推測し、走る速さを計算した研究が最優秀賞に選ばれた。研究の結果、「メロスはまったく全力で走っていないことが分かった」という。算数が苦手な人にとっても分かりやすく面白いので、その後のコンクール参加者にも大きな影響を与えたようだ。
 算数・数学の研究と言っても、算数・数学そのものを研究するものばかりではない。研究があるから課題を探すのではなく、普段から身の回りのことに目を向けて疑問に思ったことを探究すれば、算数・数学が苦手でも研究はできる。だから、子供たちには「身の回りのことや社会のことに関心を持ってほしい」、学校の先生には「関心を持つきっかけをたくさん与えていってほしい」と、山本さんはいう。
 学習指導要領では、「算数・数学を学ぶことは、問題解決の喜びを感得し、人生をより豊かに生きることに寄与する」 (注)ということが重視されている。問いと答えが初めからある授業だけではなく、問題解決をさせるような授業があれば、子供たちはもっと算数が好きになるのではないか。コンクールは、学校での指導に対するメッセージでもある。学校の先生にも関心を持ってもらい、学校教育に一石を投じることを目指している。

(注)中央教育審議会 幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について答申 文部科学省 2018 12 21.
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/__icsFiles/afieldfile/2017/01/10/1380902_0. pdf  参照 2024 2 19)

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理想的な研究に向けて−「研究のグレーゾ ーン」をいかに考えるか

小長井敬介

 科学は、長い間、研究者たちの真摯な姿勢による探究の積み重ねにより発展してきた。しかし 20 世紀後半以降、国内外で研究不正事件が頻発するようになり、日本では 10 年前の「STAP 細胞事件」等をきっかけに、政府、大学、科学界の研究不正対策が強化されてきた。データをごまかす、他人の成果を盗用するなど、わかりやすい「不正」の他に、「研究成果をいくつもの雑誌に発表する二重投稿」、あるいは「研究には直接貢献していない研究者の名前を論文に加える」など、従来のルールのみでは単純に「クロ」と判断しにくい不正のケースも増え、その“グレーゾーン”にどう対処するか、新たな課題になっている。東京大学の大学院生が試みる新しい研修プログラムを追った。

 「今日は、みなさんに、大学の研究倫理委員会メンバーになり、次々とあがってくる研究のグレーゾーンの報告について良いものか悪いものかを判断してもらいます。」
 東京・お台場地区で 2023 年 11 月 18 日に開催された「サイエンスアゴラ」でのワークショップの一コマである。サイエンスアゴラは、科学と社会をつなぐことをテーマに、小学生から研究者までオンラインも含めて 1 万人以上が集う祭典。多くの企画が開催される中、このワークショップを目指してきた人たちも含めて、研究倫理に関して関心の高い大学生や研究者、大学職員などが参加した。珍しいゲーム方式のセッションとなり、「(悩ましい事例が多く、)判断にはとても迷いました・・・」、「(研究現場での様々な状況を考える必要があり、)頭を使って難しかったけれども、とても面白かった」という参加者。にぎやかな議論が会場に広がった。

QRP GAME を用いたワークショップの様子(テレコムセンター(東京都)、2023 年11 月18 日)

カードゲームによる研究倫理教育

 研究活動には、他人の研究を盗用しないなどのルールがあるが、不正かどうか明確化が難しい 領域”グレーゾーン”も多く、「疑わしい研究行為(QRP)」と呼ばれる。ワークショップを主催した東 京大学大学院 学際情報学府の大学院生、大空理人さんは、「QRP GAME」というカードゲームを 活用して、参加者が気軽に対話できるユニークな手法を開発した。
 ゲームで参加者は、一人ひとりが大学の研究倫理の委員会メンバーを演じ、「疑わしい研究行 為(QRP)」に関するさまざまな事例報告を受け、「理想的」から「最低」まで、5 段階で判断していく。 自身の判断がテーブルの他のメンバーと同じであれば、自身に得点が入るルールだ。
 例えば、「出版済みであることを隠して、同じ論文を別の研究誌に投稿した場合」は、どうか?
 このケースでは一般に「二重投稿」と呼ばれる研究の不正行為に当たる。参加者は最低、もしく は最低に近い評点を付けた。類似の実例として、「論文の共著者としてもよいのは誰か」、「誤解を 生むような研究データの計算方法」など、90 分間で幅広な15 事例を考え、議論して行く。ゲーム が進むと、意見の分かれるケースも多くなり、判断が一致して得点できることも難しくなる。得点と ともに、参加者は一人ずつ判断の理由を提示し、それをもとに多様な意見が交わされる。

ゲーム中の様子:参加者が事例を判断し意見交換する(テレコムセンター(東京都)、2023年11月18 日)

自身の経験を踏まえたカードゲームに

 日本の研究現場では、10 年前から、相次ぐ不正事件を受けて研究倫理教育が強化され、「研究倫理」を必修科目とする大学院も多い。
 大空さんが大学院で受けた授業では、経験豊富な先生が研究現場での事例を示し、グループ でディスカッションするなど工夫された内容だったが、「私はグループでの議論が得意ではなかっ たので、私の研究テーマである教育工学の<ゲーム学習>という方式を導入すれば、必ず発言 の順番が回ってきて、対等なコミュニケーションができると考えたのです」と、カードゲームの手法 を導入したきっかけを話す。大学院での研究テーマがまさにゲームを通じた教育・学習であったので、研究倫理教育に活用できるカードゲームを独自に開発したのだ。
 「“アナログ”なカードゲームは、ルールを自身で理解して、戦略も考えなければなりません。対 面で参加者どうしのやりとりをすることで得られる情報量も多いので、思考を前に進めるきっかけ になります。事例を差し替えれば、研究分野や参加者のレベルに応じたアレンジができ、幅広く活 用してもらえます」と、カードゲームの可能性を語る。
 現在のゲームは、大学院の90分授業用で、普段ゲームをしない人も取り組めるよう、事例は実 際の研究現場に即したシンプルな文章とし、また、カードのデザインも親しみやすいものに工夫す るなど、大空さんならではの気配りがちりばめられている。

親しみやすいカードゲームのデザイン (テレコムセンター(東京都)、2023 年11 月18 日)

 大空さんは、このカードゲームを通して、知識として不正行為を知るだけではなく、状況に応じて 倫理的に判断する力を身につけ、新たな問題に対しても、一人ひとり判断・行動できる力を養って ほしいと願う。 「他者の価値観や、社会からの視点にも目を向ける機会としてもらえれば、よりよい研究成果のア ウトプットと科学界全体の発展につなげることができると思います」と語った。

■研究現場でのグレーゾーンへの対処に課題(解説)
 科学研究の資金は、国民からの信頼と付託に支えられており、研究不正行為は社会の信頼を 容易に失わせる。政府は2006 年に「不正行為への対応」ガイドラインを策定したが、2010 年代に 頻発した研究不正事件が社会問題となり、政府の不正ガイドライン見直しが進んだ。その結果、 研究データの「ねつ造・改ざん」や、論文の「盗用」についてはルールが明確化され、大学の研究 倫理教育などを通じて、研究者の認識も広まってきている。
 一方で、従来のルールでは判断が難しい「疑わしい研究行為(QRP:Questionable Research Practice)」が近年、問題となっており、文部科学省公表の不正行為事例でもQRP 件数が増えて いる。代表的なものとして、論文の「二重投稿」や「著者の不適切な表示」などがあり、この他にも 自身の過去論文を不適切に再使用する「自己盗用」や論文発表後に適切に「資料やデータを保管 しない」ことなど多岐にわたる。これらは研究分野ごとの慣習の違いなどもあって一律の線引きが 難しい面もあるが、研究者自身がそれぞれの状況に応じて判断し、ルールを設定する意識・能力が求められる。研究活動への信頼を維持するためには、この研究者の自律能力の育成も欠かせない。

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考えることが楽しくなる数学
~ 一人ひとりのありのままを認める ~

 篠崎 菜穂子

 デジタル社会で重要な数学力だが、苦手意識をもつ子どもも少なくない。子どもたちが前向きに数学を学ぶにはどうしたらよいのか。栄光学園中学高等学校の数学教師として長年教壇に立つ井本陽久先生の授業では、子どもたちが夢中になって問題に取り組んでいる。今も全国から見学が絶えない先生の教室を訪ねた。

井本陽久先生(2023年12月取材)

手持ちの知識で考える

 井本先生は昨年4月に「合同会社いもいも」を立ち上げた。今年3月までは栄光学園の講師も務めながら、「井本数理思考教室」をはじめとした教室やフリースクールを開講している。
 「井本数理思考教室」は、オリジナル教材を使い、数理の本質を追求していく教室だ。中学生の教室は中1から中3までが同じクラスで学ぶ。そのため、小学生までの手持ちの知識やスキルで取り組め、かつ、数学者が取り組んでも熱中できるような問題を扱う。一般的な学びが、この先必要になるかもしれないものを想定して、今のうちに手持ちを増やしておくことが目的であるのに対し、今ある手持ちでなんとかすることを大事にしている。たとえ、方程式を知らなくても自分なりに突破する方法を考えることを大切にする。
 実際に中学生の教室を見学した。井本先生が問題の内容を説明すると、生徒たちは思い思いの場所に散らばり、すぐに考え始めた。この日の問題は、日本地図の都道府県を県同士の隣接関係は保ったまま、すべて長方形で表すという問題。しかも、本州や四国などの地方の外枠も長方形で表すという難問だ。

隣接関係がわかりにくい県は拡大して書かれている

 定規を使い四角形に分ける子、地図の上に白紙を重ねて四角形を書く子、隣接する県の数で場合分けをする子など、さまざまだ。ほかの生徒と考え方を共有する子もいれば、一人で考え続ける子もいる。

思い思いのスタイルで自由に考える生徒たち

問題は1つのきっかけ

 この問題は、生徒たちのアイデアから生まれた。講師の塩谷悠馬先生が、正方形のマス目にルールに従って丸を入れるパズルを出題した。すると、生徒が「日本地図でもできるよね」と提案した。それをきっかけに生徒たちから新たな問やアイデアが生まれ、今回の問題に行きついたそうだ。1つの問題を投げかけると、予想をはるかに超えた発想が生まれる。先生たちはそれを拾い上げて授業を作っていく。
 授業の前に、週1回、定期的に開いている教材開発会議を見学した。そこで、この問題を更に発展させた「長方形にできない場合の条件」についての議論があり、大学で学ぶグラフ理論の話にまで発展した。大学レベルの数学でも取り組める問題なのだ。

解答のプロセスをみんなで共有

 井本先生は「できる、できないで評価をして学びをしたら、自分のやり方でやると間違えるから、型通りのやり方になってしまう。『学び』をみんな嫌がるのは、自分自身であってはいけない場だからというのはあると思う」と話す。
 学校で教えているときから、生徒の解答にはすべて目を通し、一人ひとりが自分なりに考えたプロセスを皆で共有することを大切にしてきたそうだ。人は自分が考えもしなかった解答のプロセスを見ると感動する。誤答も、絶対に合っていると思って出した解答が間違えていたとき、「え?!」という驚きが起こる。それも周りと共有することで、無意識に思い込んでいたことを深掘る作業が始まる。

生徒一人ひとりと真剣に向き合う井本先生

自分のやり方で考えられる場所

 教室に通う子どもたちは、「考えさせてくれるから好き」「学校のレベルや知識の量が違う子とも同じ問題に挑戦できるのが嬉しい」と話す。授業が終わっても、子どもたちは考えることをやめない。自分のやり方で考えられることが保証される環境があれば、本来持っている思考力を発揮し、学ぶことが楽しくて仕方がなくなるのだ。
 井本先生は言う。「ありのままの自分で出した解答で心を動かし合う経験を通して、自分が自分でいいんだと思え、お互いを認め合い、人が違うっていいなと思えることに繋がるのです」

【関連リンク】
「いもいものホームページ」 https://imoimo.jp/

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恐竜への憧れが育む、これからの大学の在り方

                            及川知穂

 大学や学部の統廃合の推進や運営交付金の減額など、国公立大学の運営にとって厳しい 状況が続く中、各大学は学生を継続的に獲得する目的で、様々な戦略立案を進めている。その一つとして、福井県立大学で進められている恐竜学部という新学部設置の計画が挙げら れる。県立の恐竜博物館を有する県の強みを活かした構想だ。恐竜学部では何を学ぶことができて、どのように大学の存続に貢献し得るのか。今回、その構想について福井県立大学恐 竜学研究所所長の西弘嗣さんにオンラインでインタビューした。

図 1 福井県立大学恐竜学研究所所長 西 弘嗣さん (*1)

新学部での学びの魅力に迫る

 新学部が設置されるからには、そこでは他の学部では学べないことが学べることが期待 されるだろう。そこで、恐竜学部で学ぶ意義や魅力などについて聞いた。

― 恐竜学部でしかできないような研究や教育として、どのような内容を想定していますか。

 名前から恐竜の研究だけをする、というイメージを持たれるかもしれません。しかし、他の理系分野の学問と同様に、恐竜学にも古生物学、地質学、環境学が含まれていて、物理化 学から生物学にいたるまで、自然科学全般をある程度基礎知識として持っている必要があります。自然科学を学ぶことは防災や土木建築、環境保全の分野など、産業界で幅広い応用が効きます。そこで、我々は特に野外を中心とする自然科学教育をすることで、自然の状況 をトータルに把握して温暖化などの課題に対応できるような人材を育成することを目的に 設定しています。その中の一部が、恐竜という福井県のコンテンツを支える研究者になるだ ろうと考えています。

 もう一つ、現在はデジタル科学の重要性が増しています。古生物学の分野でも、デジタル技術が扱えないと新しい研究はほとんどできません。そこで、デジタルデータの取り方、処理の仕方、その活用法を教え、デジタル人材の育成にも貢献したいと考えています。

― それでは、幅広い自然科学分野を学びながら恐竜も学べる、というところに他の自然科 学系の学部との差別化のポイントがあるということなのでしょうか。

 今、調査に時間がかかることから、地質学の分野では野外に行って卒業論文を書けるところは全国的に非常に少なくなっています。ですから、野外での活動を中心に据えている点で差別化につながっています。また、生物系でデジタル処理を専門的に学べることも恐竜学部の強みになると思います。

― フィールドワークに力を入れたいとのことでしたが、フィールドワーク先としてはどの ような場所を想定しているのですか。

 恐竜学部の施設は県立恐竜博物館に隣接した、自然に囲まれた立地に建設される予定で、 題材はいくらでもあります。海外の共同研究者との共有発掘現場での実習も行いたいと考えています。

図 2 フィールド調査のイメージ (福井県立大学提供)
福井県には、古生代のシルル紀から中生代、新生代までの地層が残されている。(*2) 雪深い土地柄のため、県内での実習は夏期に集中して実施したいとのことだ。

 幅広い自然科学の分野を「恐竜」というテーマの下、一つの学部で学べるような統合を試 みている点や、フィールドワークやデジタル処理の経験を積める点が恐竜学部の魅力と言えるだろう。具体的には、フィールドワークでは化石発掘や化石のクリーニング技術、デジタル処理教育の分野では古生物の3Dモデル構築の技術などが学べることが打ち出されてい る。さらに、県立恐竜博物館との連携を強化することで博物館展示のデザインや案内の経験 を積める環境の整備も予定されており (*3) 、恐竜に関心がある人にとってはまさに理想的なカリキュラムが用意されつつある。

設立構想を通じて実現する地域貢献

 恐⻯を中⼼に、⾃然科学に対する関⼼が追究できる環境を整えることはもちろん、社会に 貢献する⼈材育成を⽬指しているということから、さらに、恐⻯学部が想定している社会貢献の形についても尋ねた。

― 設立に対して地域住民からのリアクションなどはあるのでしょうか。

 さまざまな意⾒を頂いておりますが、賛成の声や期待の声の⽅が⼤きいという気がして います。
 具体的には、建設業や測量、情報産業の分野の関係団体と情報交換した結果、⼈材や共同 研究先を必要としているという意⾒がありました。また、キャンパスが建設される予定の勝⼭市で実施している、⾼校や中学校の探究学習⽀援やPTA講演会でも学部設⽴に好意的な 反応が得られました。

― 地域貢献を目指しているとのことでしたが、恐竜学部を卒業した学生には県内や地方 に留まってほしいという気持ちはあるのでしょうか。

 学⽣が都会に出たいということを⽌めることはできません。そこで、いかに地元に残って いただける魅⼒があるということを打ち出せるかを、⼤学全体だけではなく県全体として考えなければいけません。我々は公⽴⼤学ですから、当然、そのことを視野において、どのような地⽅貢献ができるかということを産官学で考えなければいけません。

 例えば、県の中で恐⻯を使った産業が起こせたら、県内に定着する⼈が増えてきます。ある いは、恐⻯を趣味に持って、福井に住んでもよいと思う⼈が増えてきます。そのような⼈が増えてくることも新たな⼈の定着につながります。⾊々な知恵を出しながら地域貢献に興 味のある⼈材をどれくらい集められるか、これからの教育機関に求められていると思いま す。産業を興すことも地域貢献になります。

 今回のインタビューを通じて、恐⻯学部の設⽴構想が地域貢献の精神に根ざして進めら れている様⼦が浮かび上がってきた。⼤学存続の鍵は、⼤学の事業を⽀援してくれる⾏政や 企業に貢献する視点を忘れないようにすることにあるのかもしれない。
 なお、恐⻯学部は2025年4⽉に設置予定であるが、現段階では名称やカリキュラム等の 内容は仮称・構想中である。今後は、⽂部科学省への認可申請を⾏い、その結果が伝達されるのは、早くとも今年の9 ⽉である。恐⻯学部設置の計画が実現することを楽しみにしたい。

【⻄ 弘嗣 (にし・ひろし)】
九州⼤学⼤学院理学研究科博⼠後期課程修了。理学博⼠。北海道⼤学理学研究院教授、東北 ⼤学学術資源センター⻑などを経て、2020 年から現職に就く。古⽣物学、地質学、古環境 学を専⾨とし、研究活動では有孔⾍の微化⽯や同位体による地層の年代決定や地球の環境 変動を明らかにする研究に取り組んでいる。

【出典】
*1 福井県⽴⼤学恐⻯学研究所HP https://idr-fpu.jimdofree.com/
*2 「公⽴⼤学法⼈福井県⽴⼤学古⽣物関連学部の設置に関する有識者会議」の提⾔を踏まえた⼤学としての新学部構想 (2022年) https://drive.google.com/file/d/16IVyueA1dutnFrzvW5QmumPOPERfNRN-/view
*3 福井県⽴⼤学恐⻯学部HP https://dinofaculty.jimdofree.com/

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2025年大阪・関西万博にみる未来の健康社会

松岡佳緒里

 


人獣共通感染症 「エキノコックス」を防ぐ

金光由夏

観光客にとっては可愛いアイドル、
北海道民にとっては害獣――。
こう聞いて思い浮かぶ動物はなんだろうか。
日本ハムの「きつねダンス」がブームになるほど、身近な動物のキツネ。皆さんは、「エキノコックス症」と呼ばれる感染症をキツネが媒介し、その死者数はヒグマによる死者数よりもずっと多いことをご存じだろうか?

身近なキツネに潜む大きなリスク

 エキノコックス症は、過去20年にわたって毎年20〜30人の新規患者が報告されている北海道の風土病。この感染症はキツネやイヌに寄生するエキノコックスという寄生虫が人間の肝臓に寄生し,肝機能障害を引き起こす。有効な治療薬は開発されていないため一度発症すると肝臓の外科切除をするほかなく,切除の前に症状が進行してしまえば最悪死に至る。
 実はヒグマにおける負傷や死亡を含めた被害者数とエキノコックス症による被害者数(感染者と死亡者)を比較すると、エキノコックス症の方がずっと多いのだ(図1)。

図1.池田講師提供

 エキノコックス症を人に媒介するキツネのエキノコックス感染率が北海道全体で増加しており,札幌市に生息するキツネは実に 40%ほどが感染個体だ。また、2019年に愛知県の一部地域でエキノコックスの定着が報告されるなど,感染は道内だけでなく道外でも増加している。

エキノコックス対策最前線では

 エキノコックス症を防ぐ方法を、エキノコックスの疫学を専門とする北海道大学の池田貴子講師(獣医学博士)に聞いた。
 池田講師は『北海道でキツネを駆除していた時代もあったが、キツネは厳密な縄張り性で、空いたところに新しいキツネが入るだけなのでエキノコックスの防除にはあまり意味は無い。「山に帰してあげて」という声もあるが、ヒグマとは違いキツネは市街地の中の巣で代々暮らしているので、山に帰る場所は無い』と話す。
 では、エキノコックスを防ぐ手立てとして何が有効なのか。実はその解決策は20〜30年前に実験段階で確立されている。その方法とは、「駆虫薬入りベイト散布法」だ。「ベイト」とは罠の餌を意味し、キツネが好む魚粉に駆虫薬を混ぜ、それを製菓用の油で固形にまとめたものである。これを食べたキツネの体内からエキノコックスが排出され、月に一回散布することで、キツネの感染を防ぐことができる。
 池田講師は「感染していないキツネで街を埋めておけば他所からキツネが入ってこないため、クリーンなキツネでエキノコックスへの防御線を張ることができる」と話す。北海道では、有効な効果を示すこの駆虫薬入りベイト散布を札幌市の一部やニセコ町など一部地域で実施している。

適切な取り組みを広めるには

 ニセコ町は2009年からベイトの散布を始め、毎年10月に採取した糞からエキノコックスの感染状況の調査をしている。その結果、ベイト散布前よりも大幅に感染率が低減したことが分かった(図2)。

図2.ニセコ町HPより引用、一部改変

 ベイトの作成と散布は町内のボランティアによって行われている。ニセコ町の職員によると、「市民からの苦情や反発は無く、むしろ実施してくれてありがとうという声が多い」という。ニセコ町では成功しているエキノコックス対策だが、北海道の他の自治体での実施はなかなか広がらない現状がある。
 「事件として報道されるヒグマと違ってインパクトが少なく、被害の実態と市民の感覚とのギャップがあるために社会に必要な対策がなされづらい」と池田講師。
 「カワイイ」ことで見えなくなりがちなキツネのリスク。北海道の自然に思いを寄せる私たち一人一人が当事者意識を持って予防に取り組み、野生動物との関係を考えることが必要だ。

 

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– 未病から直す認知症 -東洋医学的発想の治療薬開発への転換へ-

佐飛峯雄

 認知症治療薬開発は、人類の悲願である。昨年承認された認知症治療薬は、「病気そのものの原因となる物質を除去(退治)する」という西洋医学的発想に基づいたものである。しかし、今こそ原因物質除去だけでなく、「未病」のうちに生活習慣、食事を見直し、身体全体で「認知症予防につなげる」という東洋医学的な考え方に基づいた、治療薬の開発の視点が欠かせない。

加齢とともに増える認知症

 最新(令和5年)の高齢者白書によると、令和2年度(2020年)の日本の高齢化率は28.8%、第2位のドイツ(22.0%)を大きく上回る超高齢社会大国である。1954年(昭和29年)生まれの私は、その28.8%((約3,600万人)の部類に入る。厚労省は、2012年時点の人口構成から、2025年時点の65歳以上の高齢者の知症高齢者数を約700万人(高齢者人口の約20%)と推計している。白書では、認知機能が低下すると介護が必要となるという調査結果がある。これから高齢者となる人、私を含め既に高齢者の仲間入りをしている多くが、認知症にはなりたくないと思う背景でもあり、超高齢社会を実現した日本全体の悩みでもある。

認知症の約7割を占めるアルツハイマー型認知症

  認知症のなかでも特に多いのがアルツハイマー型認知症であり、患者の約7割近くに達するものと推定されている。*1)そんな中で、アルツハイマー病の発見から100年以上も経過しているのに、根本的な治療薬が開発できていないのはなぜなのか。
 その理由を探るため、まずは人類のアルツハイマー病との闘いの歴史について、関係する資料・書籍等からその理由を考察してみた。

認知症治療薬開発の経緯と課題

 まず挙げたいのは「アルツハイマー型認知症の原因は、アミロイドβとタウたんぱく質の脳内蓄積によるもの(アミロイドβ・カスケード仮説*2)である」という、現在最も有力な仮説に基づいた治療薬開発に注力しすぎたということである。これは、「アミロイドβ・カスケード仮説を前提とした治療薬開発に心血を注ぎこまざるを得ない」という医薬業界の常識を疑う余地を持たなかったからではないだろうか。
もう一つは、認知症の診断が「ここからが病気」という判断基準があいまいであることである。
アルツハイマー治療薬の開発ではないが、某国立大の和漢医薬学研究者のTさんは「老年性疾病の多くは、神経性疾患に起因する」と指摘する。アルツハイマー型認知症も神経疾患の一種と考えるとわかりやすい。アルツハイマー病の発症は、発症以前のはるか前からアミロイドβやタウたんぱく質の蓄積が始まっている。実際エビデンスもある。
大阪公立大学がまとめた「認知症病態」*3)や、東洋医学からのアプローチ、例えば「人間が本来持っている「自然に治癒する力」を高めることによる発症する前の段階(未病)からの対処や重症化抑制、再発予防機能の重要性」*4)が示されている。
日本独自の生薬を中心に研究を進めているTさんは「現時点のアミロイドβカスケード仮説だけに依拠するによる治療薬開発には限界がある」と語った。また、2023年7月に認知症治療新薬「レカネマブ」の開発に成功したエーザイ株式会社のプレスリリース*5)からも、治療薬開発の限界がにじみ出ている。

*3);研究紹介 | 大阪公立大学大学院 医学研究科 認知症病態学 (osaka-cu.ac.jp) より引用

東洋医学的に見た我が国の医薬品開発の歴史

 アルツハイマー病は、発症前20~30年にわたる生活習慣の蓄積によると考えられる。上図のようにアミロイドβもタウタンパクの蓄積も発症の約20年も前に始まっているからだ。
 症状はでていないが、病気につながる時期がある。東洋医学的に言えば「未病」。この未病の時に対応するのが、生活習慣の見直しである。その見直しの基本は食事。東洋医学の思想である“医食同源”の考えを取り入れることが効果的と考えられる。日本でもこの考えに基づき対応した時期はあった。その源流を探ると、平安時代から日本に導入された和漢医薬である。江戸時代に日本国内で発行された「本草学」などがあるように、脈々と受け継がれていたのだ。
 しかし、江戸から明治に移行する際に、日本独自に進化してきた東洋医薬(和漢医薬)が、明治政府の方針から西洋医薬一辺倒となり、和漢医薬の良い面までを放棄し、日本独自の和漢医薬が廃棄寸前にまで追いやられてしまったのだ。
とはいえ、和漢医薬や微生物を活用したみそ・しょうゆづくりは、戦後の物資不足時期に効果を発揮しており、プラス面も多く残っている。その一例が抗生物質の製造方法と品質管理である。つまり、第二次世界大戦終了後の物資不足の際に、日本独自に進化してきた微生物を活用したモノづくりと品質の安定化技術が功を奏し、瞬く間に抗生物質生産大国になる事が出来た。

治療薬開発から予防への転換

 先進諸国の中でダントツに高齢者比率の高い今の日本で、アルツハイマー型認知症治療薬の開発もさることながら、東洋医学視点の“未病”すなわち病気発症前の予防という点から見ると、新たな展開が見えてくるのではないか。

日本独自の東洋医学から認知症克服を!

 欧米諸国ではフィトセラピー(植物療法)*5) による認知症治療へのアプローチが進められている。日本でも株式会社ツムラに代表される和漢医薬製造販売事業者において、和漢薬の特徴を生かした研究が進められているが、大きな流れとはなっていない。現状のままでは“医食同源”の東洋医学の伝統から離れ、病気(ここでは認知症)の治療薬開発に集中しすぎている側面はないだろうか?科学的な検証は必要ではあるが、日々の食事の中に予防・治療があるという考え方、病気を長いスパンの時間軸で捉える和漢医薬の伝統は有効なのではないか。

結論

 江戸時代まで脈々と受け継がれてきた、日本独自の和漢医薬学が廃棄寸前にまで追いやられた経緯、日本の生薬を含めた医薬品の生産技術力を正しく認識することは大切である。また日本独自に進化してきた和漢医薬の知識、安定した品質のものづくり、他分野の研究成果(例えば電子材料製造技術など)を融合し、他国などにまねができない独自の和漢医薬開発と日本のものづくりの潜在能力を生かすことの重要性を考えることも必要である。
アルツハイマー病に代表される認知症を、治療薬開発ではなく、“未病”即ち発症前のサプリメントあるいは新規の和漢医薬としての活用を図るという視点でとらえ直すことを提案する。

主な参考・引用資料

*1):https://www.mhlw.go.jp/content/001061139.pdf;「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」(平成26年度厚生労働科学研究費補助金特別研究事業 九州大学 二宮教授)
*2):【日本認知症学会】 Japan Society for Dementia Research (umin.ac.jp)より転用。アミロイドβカスケード仮説;最初にアミロイドβ沈着が起こり、次いで神経原線維変化(neurofibrillary tangle: NFT)が主出現、最後に神経線維脱落が起こるという仮説。
*3):2023年株式会社ツムラ統合報告書の一部転用
*4):2023年7月7日エーザイ株式会社プレスリリース;『「LEQEMBI®」(レカネマブ)、アルツハイマー病治療薬として、 米国 FDA よりフル承認を』
*5):A Review on Phyto-Therapeutic Approaches in Alzheimer’s Disease (Journal of Functional Biomaterials.2023 )

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特集 自然誌 地衣類の不思議な魅力

支倉千賀子

 地衣類をご存じだろうか。その名のとおり地面に張り付き、小さくて目立たず、コケ植物とよく混同される。火山の荒れ地などに最初に生えてくるイメージの強い生きものだが、庭の樹木の木肌や石の上、公園のコンクリート壁にも生えている。鉄道模型のトンネルの上を飾るリアルな木々にも使われている。じつは身近にもある地衣類の地味な「からだ」には、たくさんの不思議がつまっている。最近の研究では、地衣類は2種類の生きもの「菌類」と「藻類」が一つの体「地衣体」をつくり、不思議な性質をもつ生きものであることがわかってきた。

来場者10万人を突破した茨城県自然博物館の企画展「地衣類」

「地衣類」の企画を担当した茨城県自然博物館の福田さん(同館にて2024.1.21支倉撮影)

 ミュージアムパーク茨城県自然博物館の企画展「地衣類」は3か月半の会期で入場者数10万人を記録した。国内の県立博物館ではかなり珍しいことだ。この企画展を担当した同館植物研究室の福田 孝さんに地味な「地衣類」の企画展で来場者数10万人達成の秘訣を聴いた。
 「ふだん気がつかないものなので、なるべく実物を使い、どんなところに生えているか、わかるように心がけました。それと、できるだけ身近なもので、その不思議に迫りました。まずは入り口の早回し動画で、ここの敷地に生えるコアカミゴケの何日間もの生活をあっという間に体験できるようになっています」と答えてくれた。
 動画では、コアカミゴケのてっぺんにつく鮮やかな朱色の粉子器(胞子ができるところ)が、お日様に合わせ日々動いているのがわかる。さらに展示室に入ると同じコアカミゴケの50倍模型が目につく。生えているようすはまるで森のようだ。

地衣類の不思議な性質

 「粉芽」と「裂芽」は地衣類が殖えるための特別なしくみで、コアカミゴケの場合、表面全体を覆うようについている緑がかった灰色の粉のような粒々だ。粉芽と裂芽は、菌類と藻類両方の細胞からなり、2種が共生したまま栄養繁殖する。それが動物のからだについたり、風で運ばれたりして、同じ組み合わせの別のからだをつくるというから驚く。

左:コアカミゴケの50倍模型(茨城県自然博物館 第88回企画展 「地衣類」 展示品); 右:コアカミゴケ(理科教材データベース 岐阜大学教育学部理科教育講座(地学)より引用)

 このほか展示では水をかけると酸性・アルカリ性で色が変わるリトマス色素を持つリトマスゴケや、紫外線(UV)を照射すると体の中のある化学物質が蛍光を発するゴンゲンゴケなどが紹介されている。ゴンゲンゴケのこの性質はかたちがそっくりな別の種にはなく、どうしてこの違いが生じたのかも不思議だ。

紫外線を照射すると光るゴンゲンゴケ(茨城県自然博物館 第88回企画展 「地衣類」 展示品)

地衣類に魅せられて

 福田さんはもともと学校の先生で、地衣類の専門家ではなかった。博物館に赴任して調査でいった富士山5合目の自然の中で、思ってもみなかった地衣類の不思議で美しいお花畑に出会い、興味を持つようになった。そして野外の調査に頻繁に行くようになり、今ではすっかり地衣類に魅せられ、専門知識も身についたという。
 そして、地衣類はどこにでも生えていて、カラフルで美しいものが多いのに、一般にはまったく知られていないのを残念に思ったことが、この企画を担当するきっかけになったそうだ。

茨城県自然博物館の地衣類標本

 同館には佐藤正己 博士(1910~1984)が集めた、およそ2万点の地衣類標本が収蔵されている。地表に生えるものはそのまま素手で採集するが、木の幹や岩に着生するものはナイフやのみで削り剝(は)がす。よく乾燥したのち、採集したときの情報を添え標本としての体裁を整える。博士は茨城大学で教鞭をとりながら、こうして研究のための標本を全国で採集し、日本での地衣類学を発展させた。
 博士の標本は寄贈されたあと、その教えを受けた元学芸嘱託員の中島明男さんが整理して、さらなる研究や教育普及のための展示に使えるようになっている。また、同じく博士に教えを受けた総合調査員の吉武和次郎さんは県内でこれまでに見つかった300種ほどの地衣類のうち、絶滅のおそれのある地衣類は37種にのぼることを明らかにしている。今回の企画展には、このような地衣類に魅せられた人々の成果もたくさん紹介されている。
福田さんの思い
 福田さんは今後も観察会などを通じて小学生や中学生に、ふつう知ることのない不思議な地衣類の魅力を伝えていきたいと話す。きっとその中から、また、地衣類に魅せられる子供たちが生まれてくることだろう。

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あなたは誘導されている? ~新聞記事の棒グラフを検証~

織茂聡

 これって誇張、 誘導じゃない?  新聞記事に掲載れている棒グラフはタイトルと同様に直ぐ目に入る位置にある。本文を読まなくてもある程度の内容理解ができることが大切。しかし「この棒グラフは大げさだな」と感じる図版が紙面に登場することがある。実際に新聞記事で使用されている棒グラフを例に検証する。

1.「足切り」棒グラフ (2023年12月14日、東京新聞)

 ブロック紙記事「医療の値段」を見てみよう。平均受診費用は1受診当たり2000年からほぼ毎年上昇している。23年間での上昇率は約4割、1.4倍程度まで増加している。しかし図1の棒グラフでは「一見(ひと目見て)5倍以上に増加」したように見えてしまう。読者に対して「医療費が実際よりも過大に上昇」という印象を与えてしまう可能性を指摘したい。棒の高さ変化率の強調は記事自体に誘導があるのではないないか、という疑いも持ってしまう。(図2では同じ医療費数値データを足切り無しで表記)
 総務省統計局担当者は「単純な足切り棒グラフ。縦軸に目盛りがあるので不適切とまではいえないが親切なグラフではない」との意見が示された。

図1 足切り棒グラフ(東京新聞22面、2023/12/14)
図2 足切り無しで表記。(図1と同データ:23年で約1.4倍増加(筆者作成))

2.「縦軸切り(破線入)足切り」棒グラフ(2023年12月22日、日刊工業新聞)

 専門紙記事「低温物流市場規模」について検証。図3と図4も同じ数値データの棒グラフである。図3の棒グラフでは、縦軸0点のすぐ上に破線(二重波線)を入れており棒グラフの高さがあらわす比率が年度変化の数値比率にはなっていない。出展元のグラフを読みやすく改変することは報道機関として正しい姿勢といえるが「足切り」はミスリードを誘発する可能性が高い。読者としては数値の推移にも目を向けてみる必要があるだろう。

図3 縦軸切り(破線入)の足切り棒グラフ(日刊工業新聞18面、2023/12/22)
図4 縦軸切り無し(破線無し)表示(2023/12/18、矢崎経済研究所プレスリリース図)

3.「縦軸の縮尺途中変更」棒グラフ(2023年8月2日、毎日新聞)

 全国紙記事「保育事故件数の推移」をみてみよう。棒グラフでは縦軸の人数単位がその途中で百倍近く(縮尺で百分の1程度)変化している。同じ縦軸に事故件数と死亡数の両数値が途中で縮尺を変えて表示されている。前出、総務省統計局の担当者からは「これは不適切使用」。
 筆者からの「全国総合紙でもある新聞記事に不適切な図が載った場合、指導など何か行動するのか」との問いに対しては「それはしない。ただし学習指導要領、算数・数学の統計の単元において【不適切事例】として示すことは必要かもしれない」という意見であった

図5 縦軸の縮尺を途中で変更した棒グラフ(毎日新聞21面、2023/8/2)

5.「足切り」された棒グラフの是非

 足切り棒グラフについて作成した記者に取材した。「決して誇張や誘導の意図はない。紙面のスペース関係もあり『見やすくする』、『分り易くする』というのが私を含め、大半の記者の意図だと思う(新聞記者)」との返答。またNHK記者によると「足切り棒グラフ自体をこれまであまり意識していませんでした。強調よりは誘導(ミスリード)につながる危険性がありますね。図版作成の参考意見として共有します」との意見であった。他方、将来科学ジャーナリストになることを希望する大学院生からは「そもそも0を起点としていな棒グラフを載せるのは意味がない。折れ線グラフにするべきだ」とのコメントに勇気づけられた。
 取材で明らかになったことがある。記者自身が図を作成する機会は少ないようだ。図版作成は整理部や紙面レイアウトを担当する部署が行うことが判ったが、取材をするまでには至らなかった。直接、足切り棒グラフ作成者の見解は得られていない。ただし記者は記事全体にたしての責任があることは明らかだ。他方、読者は図版からの印象だけではなく客観的な数値を確かめる必要がありそうだ。

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元オリンピック村・水素エネルギーのまちづくり
水素技術の面白さと挑戦

木曽則子

 あなたの周りに「水素エネルギー」を利用した技術がふえていることを知っていますか?
 利用についてまだ分からないことも多い水素エネルギーですが、現在は脱炭素社会への変革を支えるクリーンエネルギーとして注目されています。今回は水素を活かしたまちづくりの実用化事例として東京五輪元選手村を活用した「晴海フラッグ」の取り組みについて案内します。今後の水素技術の普及に向けた挑戦について理解を深めてみましょう。

水素情報館「東京スイソミル」は、水素の重要性や将来像を楽しく学べる学習施設で、最新技術や製品の展示や自転車を使った水素発電装置の体験ができる。(東京都江東区潮見

水素エネルギーのいま

 元選手村跡地の近くの教育施設である水素情報館「スイソミル」に晴海地区元選手村のジオラマがあり、運営している公益財団法人東京都環境公社SDGs推進室の佐藤宣行さんにお話を聞きました。佐藤さんは東京スイソミルの運営に携わっています。
 まず水素エネルギーの利点について聞きました。
 佐藤さんは「水素はエネルギー源としての可能性が多くあり、一番のメリットは水素は燃やすと水しか出ないということ。加えて輸入に頼る原油などと違い水素は日本でも作ることができる、ということです。環境に依存する太陽光は供給が不安定になることがありますが水素にはそういったことがありません。ほかにも蓄電池の場合は放電して減っていくが、水素は減らずに利用するまで保存ができる、ということがあります。」と指摘します。
 炭素の排出がなく、環境へのダメージを与えない。インフラの設備が整えば水素は安定したエネルギーとして利用できる、というイメージです。
 次にそうした利点をどう活かしているのか。実用化された例を挙げていただきました。
佐藤さんは「身近な部分では都営バスで都内に100台ほど水素バスが走っています。東京都の運営で元選手村の晴海地区では生活エネルギーとして利用されています。」
 このように利用は急速に進んでいます。実用化に向けて課題を聞きました。3つあります。
 まず、運搬の難しさがあります佐藤さんは「課題の1つめは、使う場所までに水素を運搬する部分や管理が難しいという部分です。というのも、水素単体では、常温では密度が低く、大量に運ぶには大きなスペースが必要だからです。」
 2つめは「水素技術の実用化には、水素の製造コストと利用する為のコストが見合っていないという課題があります。」
 そして3つ目として「生産にあたって炭素を放出しない再生可能エネルギーとしてグリーン水素の利用が目指されている。しかし、これはハードルが高い部分でもあります。」と指摘をされました。

東京都が導入した量産型の燃料電池バス

水素の課題1―運搬の難しさ

 水素を気体で安定供給を行うために、トルエンやアンモニアと結合させるなどする方式や、低温の液体水素として貯蔵する方法があります。いずれも特性があり供給コストがかかるために実用化に向けて調整をしています。

水素の課題2―水素製造のコスト削減

 消費者にとって利用しやすい価格にまで低下させるように製造方法を工夫するか、安価な水素を海外からの輸入することも考えられます。
 現在は水素を大量製造し、大量供給するサプライチェーンの向上によりコストを下げる対策は取られようとしています。いうなれば、水素の地産地消です。現在東京都が主体となり建築中の晴海地区に水素ステーションは、水素を天然ガスから製造し・充填・供給まで行うことができます。ここから晴海フラッグのマンションへ直接供給するパイプラインが敷かれました。マンション等居住区での水素利用は国内初の取り組みです。現在は共有設備での利用のみですが今後さらに生活の身近になってくると思われます。

左:晴海地区に建設中のオンサイト方式の水素ステーション  水素を天然ガスより製造し、水素の製造~充填まで行える。マンションへ設置された水素パイプラインへの供給も行う
右:オンサイト方式の水素ステーションの水素製造・供給方式についての図(東京都都市整備局HPより)
道路下に国内初となる気体の水素パイプラインが敷かれ、共用部での生活用エネルギーとして利用される(2024年1月から入居開始)

水素の課題3-生成の際のCO2の対処 ・・・脱炭素社会の鍵となるグリーン水素

 もう少し詳しく解説すると、現在の水素生成方法から大きく4つの色で水素生成は分類されます。
 「グリーン水素」は、再生可能エネルギーの電力を用いて水を電気分解して水素を生成する。海外では太陽光で生成されたグリーン水素を輸出するプロジェクトも進行中。
 「ターコイズ水素」はメタンの熱分解によって生成される水素。同時に生成される炭素は個体で地下に格納されます。(CCS技術) 「ブルー水素」は、グレー水素生成と同様に化石燃料を原料とするが、製造過程で発生するCO2を地中貯留し、CO2排出を防ぐ。主に産油国で導入が進んでおり、国内での採用は課題が多い。
 「グレー水素」は、石油や天然ガスから抽出され、CO2が発生するが、使用時にはCO2排出がない。しかし、炭素含有源からの製造により環境評価が低い。主に石油精製、石油化学、製鉄所で使用される。
 水素エネルギーの生産は段階的にグレー、ブルー、ターコイズ、グリーンと進展していきます。
 政府の水素基本戦略によるとグリーン水素は2050年頃に本格利用される予定です。それまでは状況に応じてグレー水素ブルー水素などを組み合わせる柔軟な対策が取られています。その間に利用を拡大してゆくというシナリオです。水素エネルギーだけではすべてを賄えません。火力水力、太陽光など様々なエネルギーと組み合わせて社会実装してゆくのが理想とされています。

グリーン成長戦略 ・・・日本の水素・燃料電池に関する特許占有率は世界1位

 日本政府が策定したグリーン成長戦略では2030年の水素普及目標を300万トン、2050年度2000万トンとしており積極的な導入目標を掲げています。各国も積極的です。米国ではカーボンニュートラル実現のキーテクノロジーとして水素を認識、欧州では水素をカーボンニュートラル達成に向けた主要技術として位置づけ、水素を利用した再生エネルギーの社会実装に向け動いています。中国では将来の産業振興を見据え、商用車を中心にFCV普及を進める、等の動きがあります。(※7)「カーボンZERO気候変動経営」P.183 より)
 日本は水素・燃料電池に関する特許占有率は世界1位(2023年時)といわれています。しかし社会実装においては、他の諸外国に遅れがあり、欧州では既存の天然ガスインフラを活用した水素輸送実証なども開始しています。
 今後は技術力を生かしたサプライチェーンの充実と政府のさらに積極的な取り組みが不可欠です。民間事業会社では、持続性・実現性を保証される実証が望まれています。水素は産業横断的な事業特性をもっており、政府が主導して、自動車やエネルギー分野だけでなく、建築や他の産業と連携し、水素の多岐にわたる利用を促進するべきでしょう。
 このように水素社会の実現のためには難しい課題が各所にありますが、それに対しての様々な技術的な挑戦が重ねられています。化学だけでなく、土木、エネルギー、政府等多数の企業が大規模に関わるという、共創的技術革新が水素における面白みです。
 日本では2023年夏に高温障害による稲作不作がおき、今後も炭素増加による気候変動により健康被害や食物への影響から甚大な損害が予想されます。
そういった、炭素増加による社会的なコストを抑制する対策として水素エネルギー利用は喫緊の課題とされており、今後も各方面の挑戦が望まれます。日本の水素エネルギー技術の活躍が期待されます。

参考)
1)公益財団法人 東京都環境公社ホームページ https://www.tokyokankyo.jp/ 
2)水素情報スイソミル https://www.tokyo-suisomiru.jp/about/
3)経済産業省環境エネルギー庁ホームページ
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/suiso_tukurikata.html
4)トヨタ MIRAI https://toyota.jp/mirai/
5)東京都交通局
https://www.kotsu.metro.tokyo.jp/pickup_information/news/bus/2018/bus_p_201803287863_h.html
6)三菱総合研究所 https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20210728.html
7)東京都都市整備局・Tokyo水素ナビ
https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/bosai/sensyumura/index.html
https://www.tokyo-h2-navi.metro.tokyo.lg.jp/tonaisuiso/sensyu-mura
8)「カーボンZERO気候変動経営」 EYストラテジー・アンド・コンサルティング編 
9)「カーボンニュートラルをめぐる世界の潮流」 政策・マネー・市民社会 白井さゆり

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