第22期科学ジャーナリスト塾の取材実習第二弾は、10月24日にオンラインで国立極地研究所(以下、極地研)の専門家の話を聞いた。塾生13名、塾関係者7名が参加して、活発な質疑応答があり、オンライン取材という手法の可能性が感じられる実習となった。
極地研助教で海洋物理学が専門の平野大輔さんは、南極氷床の融解と海洋の関係について最新の知見を紹介した。南極大陸を覆う氷床は地球上の氷の約9割を占め、全て融解すると海面が約60m上昇するという。「南極の莫大な氷は海に囲まれているのが特徴」と平野さんは強調。氷床の損失が顕著な西南極に比べると、東南極の氷床は比較的安定しているとされるが、近年、東南極最大級のトッテン氷河の融解が注目されている。
10年ほど前まで観測データすら存在しなかったトッテン氷河周辺海域で、2018年からは日本が海洋観測をリードし、観測を継続している。平野さんら観測隊は「南極観測船『しらせ』でトッテン氷河の目と鼻の先の海まで出向いて」現場の観測を行う。複数年にわたる観測データにより、沖合からトッテン氷河への暖水流入による棚氷の底面融解のメカニズムが明らかになった。
一方、昭和基地近くの白瀬氷河の周辺では降雪により氷床が増加するなど、同じ東南極でも地域によって差異がある。南極氷床変動の統合的理解を目指して、2024年4月から大型科研費プロジェクト、通称「グローバル南極学」(https://glaces.lowtem.hokudai.ac.jp/)が始動し、平野さんは海洋班の研究代表者として参画している。
質疑応答では、「トッテン氷河の流域の範囲はどうやってわかるのか?」、「暖水のほうが軽いと思うが、なぜ氷河の下部に入り込むのか?」といった疑問や、研究成果を発表する科学雑誌の選択、気候変動の観点ではネガティブな事象である南極氷床の減少という研究結果をどう自己評価するかなど、塾生それぞれの関心領域から様々な質問が続いた。
多くの塾生が、平野さんの回答を受けて、さらに深掘りする質問を畳みかけていたのが印象的だった。また、「〇〇さんの質問に関連して」と前置きして質問する塾生も数人いた。他者の質問もよく聞いて生かす姿勢は、質の良い共同記者会見を見るようだ。
中でも、「極地の研究は女性にとって厳しいのか?」という塾生の問いは、「男女で差があるとは思わない。今年の66次隊は隊長も女性」との回答に加えて、「実は私は寒いのが苦手」という平野さんの告白を引き出した。「寒いのが苦手なのに、なぜ極地の研究を?」という高橋真理子塾長のさらなる質問に、大学院時代に南極行きのチャンスを得たことをきっかけに「人跡未踏の地で自分が道を切り開く」極地研究に魅力を感じたと答えた平野さん。「手先足先が人より早くかじかむ」のがつらくても、すでに20年近く取り組んできた極域海洋観測をこれからも続ける熱意が画面越しに伝わってくる。オンラインでも人間味に触れる場面だった。
最後に、極地研広報室長の熊谷宏靖さんが、11月2日の南極観測船「しらせ」での取材実習に向けて、基本知識と乗船に際しての注意事項などを説明した。来たる実習に期待が高まった。
文:井内千穂 写真:柏野裕美