世界で最も格差の大きな国で語り合った 「科学ジャーナリズムと社会正義」

 

理事 三輪佳子

WCSJ2025への参加にあたり、最大の懸念材料は、開催地である南アフリカ・プレトリア市の歩道の状況に関する情報がないことだった。車椅子を利用する私にとっては、死活問題だ。「大都市だから何とかなるさ」と腹をくくって行ってみたけれど、劣悪さは想像以上だった。10cmほどのギャップ、打ち捨てられた粗大ごみ、地中埋設の電線からの盗電の痕跡、割れたガラス瓶の破片……。

南アは、世界で最も格差の激しい国である。格差上位の人々は、居住地と職場・学校・ショッピングモールなどの「点」を、道路と自動車による「線」で繋ぎあわせて生活する。車椅子利用者は、車椅子ごと自動車で移動すればよい。旅行者は移動のたびにシェアライドが必要になるが、大きな費用負担にはならない。運転者の多くは格差下位の人々であり、時に「一流大学で生物学を専攻したけれど就職先がない」という青年も混じる。生物多様性や開発の倫理に関する対話をしつつの移動は、楽しい時間だった。しかし、南アでは大学進学率25%以下・大学卒業者の就職率50%以下という状況が続いている。青年の幸福な生涯を祈らずにはいられなかった。

今回のWCSJのテーマは「科学ジャーナリズムと社会正義:理解とレジリエンスを育むジャーナリズム」。参加者たち、特に南アやアフリカ大陸からの参加者たちは、情報や知識や機会から取り残される人々に対する関心と眼差しを示し続けていた。新自由主義やテクノ封建主義が当然の前提となりつつある現在、先進国では「現実を見ろよ」という冷笑の対象になるかもしれない。けれども参加者の多くは、社会正義は格差の縮小を含めて実現されなくてはならない価値であることを当然の前提と考え、科学ジャーナリズムを重要な手段と位置づけ、科学は人権なのに人権になりきれていない現実に対峙していた。

最も印象深かったセッションは、12月4日に行われた「HIVと結核:古い課題に新しい方法で立ち向かう」であった。HIVは、先進国では服薬によって共存できる慢性疾患となっている。それなのに、南アを含むアフリカの国々では、未だに多数の新規感染者と死亡者が課題である。結核感染者がHIVに罹患すると、発症し、排菌して周囲の人々も感染させる。さらに、2つの病気が相互に影響し合う形で悪化して死亡することも多い。南アには医療費助成制度があるものの、病気に対するスティグマ視や貧困が治療へのアクセスを阻む。医療や行政には、患者や家族やコミュニティと丁寧に対話し、相互に信頼と理解を育むことが必要とされる。罹患しにくく治療を受けやすく悪化させにくい将来の社会を築くためには、時間をかけて対話を続けることが、結局は近道であるようだ。

特筆したいのは、南ア政府もこのような態度の多くを共有していることである。閉幕したばかりのG20に続く今回の大会を、政府は重要なマイルストーンとして位置づけていた。開会式でスピーチしたブレード・ンジマンデ教授(科学技術イノベーション大臣)は、自国の「アフリカの中では経済規模最大の地域大国」「深刻な格差問題や感染症など途上国型の課題も」という複雑な立場と果たすべき役割、そして科学ジャーナリズムと世界への期待を熱く語った。

開会式で挨拶したンジマンデ科学技術イノベーション大臣(写真提供:WCSJ2025)

この期待のバトンを受け取り、次世代に渡さないわけには行かないだろう。心から「大変だけど、行ってよかった」と思えた大会だった。

第13回科学ジャーナリスト世界会議 2025年 南アフリカ・プレトリア ページTOPへ戻る