科学ジャーナリスト塾第18期(2019年9月〜2020年2月)塾生の作品

 JASTJでは、毎年、科学ジャーナリスト塾を開催し、いかにして科学を社会に伝えるかを学び合う機会を設けております。このたび第18期の塾生がそれぞれの課題に取り組み、独自の切り口で取材をして作品制作に取り組みました。作品を紹介します。

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もう河川を汚さない!新タオル製造法を開発

 「日本タオル製造発祥の地」大阪・泉州で、その地域を流れる樫井川が2003年に全国河川水質調査でワースト1位になるという不名誉な事態が起きた。タオルの精練・漂白・染色の工程で高濃度の化学薬剤が使用されてきたことが一因らしい。しかし、ついに化学薬品を使わず、産業排水を無害化する新しいタオル製造法が生まれた。株式会社スマイリーアースが開発した「自浄清綿法」(2017年特許取得)だ。                           

ウガンダのオーガニックコットンとの出会い

 スマイリーアースは2008年に創業。社長の奥龍将さんはタオル工場の3代目だ。市場を席巻する廉価な輸入タオルに対抗するため、父・竜一さんはウガンダの良質なオーガニックコットンに着目した。龍将さん自身も単身でウガンダを何度も訪問。そこで現地にワイシャツ工場を作り半生をその発展のために捧げた、「ウガンダの父」柏田雄一さんに出会った。龍将さんは柏田さんの意志を受け継ぎ、ウガンダのオーガニックコットンを使ったタオルを世の中に広めることを心に決めた。「せっかく農薬や化学物質を使わず栽培した良質のオーガニックコットンを使っても、タオル製造の工程で化学薬剤を使ったのでは、本当のオーガニックと言えない。それが、化学薬剤を使わないタオル作りにこだわる原点です」と龍将さんは語る。

株式会社スマイリーアース
 社長の奥龍将さん
ウガンダのオーガニックコットンの農場にて
(スマイリーアース画像提供)

 

「綿の自浄作用」を活用した新技術

 河川汚染問題を改善し、オーガニックコットンをオーガニックなまま届けるために、スマイリーアースは環境配慮型のタオル生産を目指して10年余り研究を重ねた。そしてついに、ある条件下で綿からにじみ出た有機成分が水と反応し、綿繊維に含まれる油分や不純物を落としていくことを発見。この「綿の自浄作用」を活用した特許技術が「自浄清綿法」だ。 これにより、化学薬剤使用料1/400、化石燃料使用量1/30、水使用量1/4、産業廃棄物産出量 1/600を実現し、環境負荷の大幅な低減に成功した。

「綿の自浄作用」を活用したタオルの精練(スマイリーアース画像提供)

SDGs時代のものづくりは地域資源の循環利用で

 スマイリーアースの取り組みは、タオルの精練工程だけではなく生産工程全般におよぶ。化学薬剤の使用を限りなくゼロに近づけたことで、工場の排水は農業に転用可能。エネルギー調達も里山の間伐材をバイオマスエネルギーとして熱利用し、灰は殺虫剤として利用することで資源の循環利用システムを構築している。

 循環型環境ストレスフリーによるタオル一貫生産プロセスの実現が大きく評価され、2018年2月には7回「ものづくり日本大賞」において「経済産業大臣賞」を、さらに、2019年11月には第1回「STI for SDGsアワード」において「優秀賞」を受賞した。

 これからは、更に広域なエリアや業種を巻き込む「循環利用システム」を目指したいという。「SDGs時代のものづくりの思想をこれからも提唱していきます」。元箱根駅伝の選手だった龍将さんは、これからの未来をまっすぐに見つめ、地域資源の循環利用によるオーガニックタオル生産の道を走り続けている。

(前尾津也子)

<関連リンク>

7回「ものづくり日本大賞」において「経済産業大臣賞」
https://www.monodzukuri.meti.go.jp/backnumber/07/02_01_02.html

第1回「STI for SDGsアワード」において「優秀賞」
https://www.jst.go.jp/pr/info/info1401/besshi1.html (こちらのリンク先は変更になる場合があります。)

株式会社スマイリーアース
http://smileyearth.co.jp/   

<参考文献>

樫井川水系及び泉州地域における河川の 流域の概要について(平成26年12月24日 平成26年度 第7回 大阪府河川整備審議会資料)http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/4127/00176521/04_h26singikai7_siryo2.pdf

泉州タオル産業の盛衰と現況(専修大学 柴田弘捷 著)
http://www.senshu-u.ac.jp/~off1009/PDF/180820-geppo661,662/smr661,662-sibata.pdf


処理水の海洋放出への疑問から対話と学びの実践へ

 福島第一原発の「処理水」をめぐり、海洋放出に向けた政府の動きが加速している。処理水は地下水流入で増える一方であり、この展開は当初から予想できた。しかし、取り除けないトリチウムを含むため、希釈後の放出にも反対する声は根強い。健康被害や風評被害への懸念が払拭できないからだ。

 反対意見にもそれぞれの正義と対案がある。それを分かりやすく示し、市民主導で対話を広げることが、将来に禍根を残さない結末につながるのではないだろうか。

海洋生物への影響の検証は十分か

 トリチウムは水素の3倍の質量を持つ半減期約12年の放射性同位体で、自然界に存在する。各国の原子炉や核実験や日本の再処理工場からも、人為的に放出されてきた。経済産業省は2016年に、処理水の長期的扱いに関する評価を「トリチウム水タスクフォース報告書」にまとめた。2020年に入ると、同省小委員会が海洋放出を最有力候補と公言し始めた。

 しかし、大学で海洋生物学を専攻した筆者の周囲では、複数の研究者が事故前からトリチウムの海洋放出に反対している。海は陸より圧倒的に生物種が多く、顕微鏡サイズも含め食用にならず研究もされない動植物がうごめく環境だ。そこに大量のトリチウムが入る。海洋生物に影響が出ないという科学的根拠は十分なのだろうか。過去の漏洩発覚までの政府や東電の隠蔽体質を見て、「トリチウム以外の核種は絶対に流さない」という前提自体を信じていない人もいる。風評被害を防止するには、多くの市民が納得する根拠と信用が求められる。

個々の正義と事実を一覧できる中立的な場を

 理系の研究者たちに見解を尋ねたところ、希釈すれば問題ない、有機結合型トリチウムによる内部被ばくはあり得る、経済合理性を優先して早く流すべき、生物に備わる巧妙な回復能力を信じる、などいろいろな意見が聞けた。筆者の持論も何度も揺らいだ。

 2019年12月、科学ジャーナリスト塾の講師に「わかりやすいプロジェクト国会事故調編」を紹介され、メンバーの石橋哲氏を訪ねた。同プロジェクトは、1)互いの立ち位置は問わない、2)「なぜ」を追求する、3)討論型ではなく、対話型の場とする、というシンプルなルールの下、子どもも交え、原発事故に至った過程を見つめ続けている。「組織より個人のほうが正直」だから、敢えて組織化しないという。

 確かに、翌1月に環境NGOらが東電や関係省庁を招いて開いた学習会「ALS処理汚染水のこれから 置き去りにされた陸上保管案」では、本音を語る市民と建前でしか発言できない組織人のズレが目立った。処理水のゆくえを論じる場は多いが、賛否両論を対等に並べ、半減期や生態系、長期的な人件費などにも踏み込む例は少ない。科学的事実を分かりやすく視覚的に伝えるツールも足りない。

 そこで、組織人より自由な立場の筆者は、この課題の見える化を目指すウェブサイトを2月に立ち上げた※。今後、「わかりやすいプロジェクト」にも参加し、小さな対話を始める予定だ。行動しない大勢の一人だった自分が変わることでしか、世の中は変わらない。持論の揺らぎも見つめつつ、前進したい。

※「どうする? 処理水」

https://shiritai70.wixsite.com/tritiumdousuru

(瀬戸内千代)

 


なんとなく話しにくい医者 -信頼と共感をめぐる現場の葛藤-

 医者を冷たく感じたことはないだろうか。3時間待ちの3分診療と言われて久しい。呼ばれて診察室に入ると、手元の問診票と検査結果を見ながら、手際よく診察は進められていく。なんとなく話しにくい空気を患者は感じる。しかし、患者本人の言葉で話すことが大切だ。若手の医者と看護師の話から、その理由とともに、現場が抱える葛藤も見えてきた。私たち患者からのフィードバックこそが、話しにくい医者を変えていく鍵となる。 

 都内の大学病院に勤務する山本一希さんは、心臓の病を治したいという志を持つ小児科の医者だ。山本さんは「じぶんの言葉で、しゃべってもらったほうが良い」という。その理由について、子どもの喘息を親の喫煙が悪くしていた事例をあげて「問診票や検査結果は、その場の症状だけで情報が足りない。時間がないときもあるけれど、もっと家のことを知りたい」と説明する。しかし、実際は「あまり家庭の環境とか、プライベートなことを、しゃべってくれない。いちばん悪いのは、患者が話しにくい医者だけど」と話す。 

 なぜ話しにくい医者になってしまうのか。山本さんは「ひとりで診察はやる。誰も見てくれないから、上手くやっているつもりでも、実はできていなくて、話しにくい人になっている可能性はある。さっきの診察はダメとか誰も言わない。じぶんしか分からない」と答える。患者から怒られて初めて「じぶんが悪かった」と分かるだけ、と教えてくれた。

 では、どうしたら良いのだろうか。山本さんは「医者に話しにくいことは看護師に話してもらうほうが、医者としてはありがたい」と話す。そこで、看護師の加藤史織さんにも話を聞いた。現在、加藤さんは患者のケアを大学で研究している。大学病院での勤務から「医者は圧倒的に時間が限られている。自然な感じでスッと話をすることは、看護師にしかできない」と考える。しかし、患者に「どうですか」と聞いても「あっ、大丈夫です」と言われてしまい、心情に寄り添えないことを「無力に感じていた」と振り返る。患者への押しつけは良くないとしたうえで「看護師も患者と十分に話ができていない」と語る。

 そして、医者の山本さん、看護師の加藤さん、ふたりとも「患者からのフィードバックが無いこと」が原因のひとつだと指摘する。山本さんは、医者へのフィードバックを「全くない。あったら助かるけれど、現実を見たくない医者もたくさんいるだろうから。きっと大変」と語る。加藤さんも、看護師へのフィードバックを「ないと思う。あると看護師のモチベーションになる。じぶんの看護って良いのかなって思うことも多い」と話す。なんとなく話しにくい空気を変える鍵は、私たち患者からフィードバックする仕組みだ。 

(水谷洋介)

 


科学的根拠に基づいていない受動喫煙対策

 望まない受動喫煙を防ぐため、罰則付きの受動喫煙対策が盛り込まれた「改正健康増進法」が2020年4月から全面施行される。これまで日本の受動喫煙対策は遅れていると言われてきた。改正法により一歩前進するものの、まだ世界標準の受動喫煙対策とは言い難い。喫煙が健康に対する最大のリスクであることは科学的に明らかである。防ぐことのできる健康被害を防ぐために、科学的根拠に基づく実効性の高い受動喫煙対策が望まれる。

 2002年に成立した健康増進法においても受動喫煙対策は定められていた。ただし努力義務とされており、法的拘束力が乏しい状況であった。一方、2005年に発効し、日本も批准している「タバコ規制枠組条約」において、飲食店等を含む屋内施設の完全禁煙化が定められていた。さらに、2020年の東京オリンピックを控え、IOCとWHOが進める「タバコのないオリンピック」を実現するために、日本も過去の開催国と同様に、実効性の高い受動喫煙対策が迫られていた。そして、2018年7月に健康増進法が改正され、罰則付きの屋内禁煙化が決められたところだった。しかし、100平方メートル以下の店舗を喫煙可能とする扱いにしたことで、屋内施設の45パーセント程度しか禁煙化の対象とならない、実効性の低い規制にとどまることになった。

 さらにその後、加熱式タバコについて100平方メートル以上の店舗においても「加熱式タバコ専用喫煙室」と表示することで喫煙が可能、という扱いになった。加熱式タバコは、海外に先んじて日本で発売されるなど、日本国内で急速に使用者が増えている。厚生労働省の調査によれば、喫煙者のうち、男性で3割、女性で2割強が加熱式タバコを使用しており、その半数以上は紙巻きタバコとの併用者である。100平方メートル以上の室内でも加熱式タバコが喫煙可能とされたことで、屋内の完全禁煙化はさらに遠のき、受動喫煙対策は後退することになった。

 加熱式タバコは登場から日の浅い新しい製品である。健康影響についての科学的知見を得るには非常に長い年月を要するものだ。現在のところ、加熱式タバコを特別扱いし、室内禁煙化の規制を緩めるだけの科学的根拠はない。タバコメーカーは、加熱式タバコから排出される有害物質は紙巻きタバコと比較して大幅に低減されていると宣伝している。しかし、タバコ煙中の有害物質が減少することは、喫煙の健康被害が減少することを意味するわけではない。また、タバコ煙中の有害物質についても、全体としては減少している有害物質が多いが、なかには増加している有害物質もある。タバコメーカーが宣伝するほど単純に有害物質が低減されているとは言い切れないのである。

 加熱式タバコも、紙巻きタバコと同じくタバコ葉を使用するタバコ製品であり、健康被害が発生することは確かである。加熱式タバコが紙巻きタバコと比較し、健康被害が減少するかどうか科学的に明らかではない状況においては、予防原則に基づいて紙巻きタバコと同様に規制することが必要だ。WHOが2019年にまとめたタバコ問題に関する報告書の中でも、加熱式タバコの健康影響についての科学的知見は少なく、紙巻きタバコと同様に規制するべきであるとしている。科学的根拠が乏しいなかで、加熱式タバコを特別扱いすることは、日本において本来防ぐことのできた健康被害を将来引き起こす危険性がある。

(玉井裕也)

 


ポリファーマシーによる被害はなぜ減らないのか?

 医薬品のポリファーマシー(多剤投与/多剤併用)による被害は、様々な防止策がなされているにも関わらず、なかなか減らない。ポリファーマシーとは、単に処方される薬剤数が多いという意味ではない。多数の薬剤間の思わぬ相互作用による有害事象、睡眠薬の多用による転倒・骨折、念のための抗生物質投与のような乱用の結果としての薬の効かない耐性菌の増大などである。このポリファーマシーに由来する弊害は服用されずに捨てられたり、不必要な薬剤投与に起因する医療費の高騰以上に大きな問題である。

なぜポリファーマシーがおきるのだろうか?

 高齢になればなるほど多くの疾患を抱えるため、その疾患毎に薬剤が処方される。服薬カスケードと呼ばれ、ある治療薬を投与されることで、その副作用等が出た場合に、それを防ぐために新たな薬が処方される。例えば、関節炎などで消炎鎮痛剤と同時に胃腸薬が必要とされるような場合が典型である。さらに、諸外国とは異なり日本は、フリーアクセス、つまり健康保険証さえあれば、自分の好む医療機関に、いつでもどこでも掛かることができるという利便性の高いシステムであることも一因だ。

 このフリーアクセスの抑制のために、掛かりつけのクリニック等からの紹介無しに、直接大学病院等に掛かると、通常の診療費とは別に数千円の費用請求されるようになった。また、処方薬は、個人負担が軽減される誘導もあり、お薬手帳による管理が一般的となっている。薬剤師による医師の処方に対する疑義照会など、患者の処方全体を見直す制度はある。

 しかし、現実には複数の通院先医療機関の門前薬局等に、それぞれ別のお薬手帳を示す場合があることや、複数の医療機関に掛かると、それぞれの医療機関の医師が、それぞれの専門性だけで、重複や相互作用を考慮することなく、ただ、新たな薬剤を追加する(On DO処方)実態がある。

 大きな問題のひとつは、ベンゾジアゼピン系睡眠薬の多用による、転倒骨折等の多発(1)や、薬剤性認知症、せん妄状態が引き起こされる事だ。高齢になればなるほど、生物学的には幼小児に近づき、睡眠サイクルは朝晩と言った単純なものではなくなる。頻尿やその他様々な理由はあるものの、そもそも、夜眠れないからといって問題視することが、睡眠薬の乱用に繋がっているのではないか。

 2014年末、在宅専門医の高瀬義昌らのグループによる、不必要な多剤処方の見直しにより、患者のQOL(生活の質の指標)が改善し、かつ薬剤費が抑制されたとの報告(2)がなされた。これらの報告等を契機とし、国会等でポリファーマシーの弊害や、その対策の重要性が問題提起され、厚生労働省(以下、国)に高齢者の薬剤適正使用に係る委員会等が設置された。これは、2019年に高齢者の医薬品適正使用の指針として結実した(3)。しかし実際の実地医療現場では、ポリファーマシーによる弊害の解決には程遠い現状がある。

改められない、本当の原因は何であろうか?

 処方薬は薬価制度によって、国から価格統制と処方管理がなされていることになっている。しかし、このAI全盛時代にも関わらず、個々の患者に対して、処方情報の電子的な一元管理が国によってなされていない(二次元バーコードで表すことが可能なほど、処方箋の情報量は小さい)。お薬手帳の電子化は進んでいるが、提供しているそれぞれのドラッグチェーンの縦割りであり、相互の情報流通が無いため、患者個人の処方情報の一元管理はできない。地域の中核病院の医師の行動変容のためには、ピア・レビューのある論文でのエビデンスの蓄積が必要である。そして、患者自ら、自身の健康の安心・安全のために、不必要に薬を欲しないという意識を高めなければならない。

 その上に立ってこそ、国の指針に示されているような多職種連携によるポリファーマシーの根絶が実現していくものと信じる。

参考

(廣島 彰彦)

 


野鳥が導くSDGsの考え方

 国連が定めた17の持続的な開発目標(SDGs)は、今や環境保護団体からだけでなく、政治界、経済界でも名前だけは聞くようになった。SDGsとは、持続可能な開発のための2030アジェンダにて記載された、持続可能でよりよい世界を目指す国際目標であり、人権保障など差別や格差の問題から、天然資源に関する問題など多岐にわたる17目標とその目標に向けた169のターゲットが設定されている。これらの目標は、国家のトップたちが会議や政策で解決するものではなく、一人一人が地球や人類のために行動することを求めている。しかし、家と会社を往復し、一日中空調の効いた部屋でデスクワークをしていると環境問題などはどこか他人ごとのようになってしまい、具体的な行動は浮かびにくい。筆者はSDGsの実践を考える中で野鳥観察に行き着いた。

 バードウォッチングの楽しさについて、日本野鳥の会が開催する探鳥会の参加者に聞いてみると、野鳥が可愛く癒しになる、四季を感じる楽しさがあるという声や、野鳥は採集が出来ないが、望遠鏡や双眼鏡で同じ野鳥を色々な人と観察し共有する楽しさがある、という話も聞かれた。昔からバードウォッチングを続けている方の中には、種数も個体数も沢山いた野鳥の減少を体感し、環境問題について関心を持った人もいた。このように野鳥観察は、環境保全や自然との接点にもなっている。中には市民参加型調査を通して研究や保全活動に関わっている人もいた。

 バードウォッチングは野鳥を通して、環境や、様々な人との関わりを持てる。その効果に注目し、保全のための人と自然の関係や野鳥を介した、人と人のコミュニティを育んでいるのがTeam SPOONである。スプーンのようなクチバシをもつクロツラヘラサギ(英名black-faced spoonbill )という鳥にちなんだ名前で、この団体では、この鳥をシンボルに、人と自然が共存する平和な社会を目指して活動している。

クロツラヘラサギは韓国から中国南部にかけての湿地を移動しながら生息する渡り鳥だ。この鳥のファンになった人たちは、この鳥を追うことで、各地の湿地の歴史や文化、人と自然の営みとも繋がりをもつ。一人一人が野鳥観察によって心の中に自然を抱き、そういった人々が国を超えて繋がり、湿地に暮らす生き物と人々の生活が連綿と続き、人と自然が共存する社会が実現できるという。

 他にも渡り鳥のつながりから気づかされることがあった。私たちは世界中でゴミを押し付け合い、外国の資源を搾取して生活しているのだ。見たくないものを遠くへと押し付けてきたが、地球は有限であることを意識しなければいけない時代なのだろう。

 SDGsの目標は抽象的で、具体的な行動に移すために大切なのは、考え方を変えることだ。バードウォッチングは身近な自然を入り口に、色々な自然環境や外国にも繋がりを与え、自然との調和を考えるきっかけとなり、世界規模でのパートナーシップ(目標17)や全ての人との平和と公正(目標10・16)、生物多様性の保全(目標14・15)の実現につながる。皆さんも、まずは通勤時間に鳥の声に耳を傾けるところから始めてみてはどうだろうか。

(高田 陽)

 


地震学者 金森博雄氏に聞くー経済成長と自然災害によるリスクのバランスをとる

 地震列島に住む私たちは、巨大地震にどのように備えたらいいのだろうか。

カリフォルニア工科大学名誉教授の金森博雄氏は、複数の巨大地震の地震波を解析し、それらがプレートの沈み込みに起因することを実証するなど、専門の地震学に新時代を開いてきた。

初期から一貫して地震の予知は困難であると認識して「地震学の知見を有効に防災に」と提言してきた金森氏。改めて世界からみた現在の日本の防災に関する考えをお聞きした。

Q:地震は予知できないといいますが、科学技術の発達した現代においてはどうでしょうか。

A:予知が難しい理由は、地震発生に影響を与える要素が多いからです。自然現象は非常に複雑な要素が絡み合って起きるのであり、個々の地震の発生は様々なことで左右されます。

 地震は複雑な自然現象ですから、地震は起きない、絶対大丈夫、絶対安全という事はないと認識することが大事です。もちろんサイエンスでは、ある程度のデータが整えば予測はより正確になるので、AIでものすごく細かい事までよく分かるようになれば、予知できるようになるかもしれない。それでも地球の中の現象ですから、地球の表面で起きたことだけをもとにして地球内部のことを推し量るのは難しいです。

 高速道路上の事故は、ある意味地震現象と似ています。しょっちゅう起きている小さい事故の、1台1台の事故の起きた原因は、例えばスピードの出し過ぎなどと分かっても、それが玉突きなどの大事故に、どのように繋がっていくかまでは予測できません。きっかけの事故が起きた後に、その時の天候、ドライバーの精神状態や体力などの多様な要素が絡むからです。同じように、小さい地震は始終起こっています。ですが、小さい地震が次の地震のトリガーになるなど、すぐ近くで起きる地震同士の影響や地殻の構造等、莫大に沢山の条件の相互作用により、どの小地震がどのように発展してしまうのかが分かりません。そこで、地震予知ができないというのが現時点での正確な答えとなります。

Q:地震はどこでいつ起きるかわからないとすれば、私たちはどうしたらいいのでしょうか。

A:完全に防ぐことができないのだから、一番いいと思うことをやって被害を最小限に留めるというのが、今できることです。建物などを強くすることはもちろん、テクノロジーを使えば、ある程度被害を抑えることができます。現在でも新幹線を止める自動防御システムなどは進んでいます。対策は、かなり進んでいる面もあれば、まだ不十分な部分もあると思われます。

Q:不十分なのは、どのような部分でしょうか。

A:社会的にシリアスな影響のある物に関する考え方です。考え方の基本は、起きるリスクを受容できるか、です。自然現象に杞憂はない、心配し過ぎということはないのです。また、例えばリニアが導入されると「移動が速くなる」とは言いますけど、技術革新に伴うリスクの増大にはあまり言及しないようです。地震により新幹線がひっくり返るようなリスクはあっても、人々はそれを受け入れて乗っているのでしょうね。

 しかし例えば原子力発電などはどうでしょう。どんなものを作っても、絶対大丈夫ということがありえないのであれば、もし1000年に1度の地震で起きる災害としても、その時に一般の人は容認できないのでは、と心配です。

 活断層が近くにないので、原発を作っても安全という意見があります。ですが活断層は表面にあるだけなので、絶対地震が起きないとは言えません。とても小さい可能性でも残り、それによる影響がシリアスなら人々は容認できるでしょうか。

 地震学者の立場からみて、学者というものは正直に絶対大丈夫でないものは、そうと言わなくてはならないですね。多少の災害は我慢しても、ここ数十年の経済のほうが大事というのならばそれでもいいです。日本の人々に、その災害を受け入れる覚悟があるならいいのですが、そこをはっきりさせているでしょうか。

 要するに、経済成長と自然災害によるリスクのバランスを慎重に考えるべきだ、ということです。どこまでのリスクを受容できるかを先に決め、物事を進めるのが大事です。

 

*参考*地震の予測と予知について~

 ここでいう地震予知とは、いつ、どこで、どの規模の地震が発生するかを数時間から数週間前に高い精度で予測する、「短期予知」のこと。

 地震学と測地学の進歩により、地震活動の大体の傾向を長いタイムスケールで予測できるようになった。しかし、そのような予測には大きな不確定性が伴う。決定論的な予測、特に短時間に起こる現象についての予測は困難である。

 地震学者と一般の人の間には、時間間隔、予測の精度についての認識にギャップがある。地震学者は千年単位に発生した地震の傾向等を検討する。一方、一般の人々は今後一年や、今日明日地震が起きるかなどを知りたい。

金森博雄(かなもりひろお)氏  

カリフォルニア工科大学名誉教授、東京大学理学博士。        

専門は地震発生の物理や、地震を引き起こすテクトニクス。巨大地震の規模を正確に表すモーメントマグニチュードを考案。津波地震の定義や、断層運動による摩擦や溶融の研究にも貢献。巨大地震の解明に努め地球科学の発展に大きな影響を与えた。さらにリアルタイム地震学などで、防災・減災を目指し国際的な普及活動も行っている。(2007年)京都賞、(2014年)ウィリアム・ボウイ・メダル科学ジャーナリスト賞他受賞多数。

 

(中村玲子)

 

 


3DCG女子高生SayaでAIを学ぶ授業 鎌倉女学院で開催 ~発話機能で人間と初の対話~

 学校法人鎌倉女学院高等学校(神奈川県鎌倉市)は、11月28日、人工知能(AI)や機械学習の技術を学ぶ授業「1日転校生Saya」を開催した。本物と見まがうほどに超高精細な3次元コンピューターグラフィック(3DCG)女子高生「Saya」に発話機能が追加され、初めて人間と対話した。3DCGとは、奥行きがあり空間を感じられるような、パソコンで作る立体的な絵のこと。彼女はCGアーティストのTELYUKA(石川晃之・友香)さんが生み出した、限りなく実写に近い17歳の女子高生キャラクターだ。人間に似せた像に対する否定的な感情などの心理現象「不気味の谷」を超えたとも言われる。カメラで捉えた人物の表情をリアルタイムに解析・認識し、モニターに映されたSayaが様々なリアクションを返してくれる。今までは、この「感情の対話」だけだったが、新しい機能の搭載で、Sayaは声を発して、対話できるようになった。

相対する人に応える形で画面越しに「感情の対話」をする(表情やジェスチャー認識による)

 

Sayaに新しく加えられた発話機能「Talk to Saya」

 今回新たに開発された「Talk to Saya」。人間の自然な口の動きに限りなく近づけて会話する機能で、Sayaは会話することができる。予めデータとして組み込まれた返答用の言葉や声のデータを基に、口の動きを作り、その作られた口の動きと声のデータを連動させ発話する。「一日転校生Saya」は、最新のテクノロジーで「人間みたいに、みんなと喋り友達になること」を実現するための企画だ。

AIで大切なことは学習データ

 授業の冒頭に、担当の教諭は、AIが活躍している例に囲碁や将棋を示し、AIを作るために必要な機械学習について説明。「学習データ」が大事だと紹介した。今回は、その「学習データ」の入力の体験だ。Sayaとの会話を通じ、AIの成長プロセスを学び、AIと共に生きる未来の日常生活を擬似的に体験する。AIや機械学習の指導は国で推奨されており、このようにSayaを使った授業が高等学校で実施されるのは初。教室の大型ディスプレイや班ごとに与えられた小型デバイスを介し会話する。Sayaが「友達って、何ですか?」と質問すると、生徒たちは「友達は家族である」などと相槌を打った。

Sayaが大きなスクリーンに映しだされると「可愛い!」という黄色い声も。

 

Sayaとの対話から生まれたAIに対する気づきや気遣い

 今回、Sayaには、「『友達』とは何か」という問いに返答できるよう、「友達」という言葉の定義が設定されていた。生徒の質問が「友達」の定義から外れると、話が噛み合わなくなったり、再度質問で返したり、今はまだ発展途上の一面も持つSaya。

 しかし、生徒たちは「知識がない状態かも」「私たちが正確な情報を伝えられてないから混乱して理解できないのかも」と気遣う様子を見せた。それは、日本語をまだよく知らない海外からの転校生に対し、優しく接し、共通点を探し、コミュニケーションを取ろうとする状況に似ていた。

作者のTELYUKAさんに「もっと多くの単語を教えてあげたら、もっと様々な返事ができるようになるか」など、積極的に質問する生徒も見られ、AIや機械学習の技術に対する興味も持ったようだ。

 グループワーク後に、この日の生徒との対話で出た意見を、SayaがSayaなりにまとめた。導き出した答えは、「友達とは、水である。あと、第二の家族とか、春の日とか。友達とは、いろいろあって、それぞれ違うことがわかりました。みんなと「友達」になれたかな?」。これを聞いて、自分の教えた内容が入っている、かわいい、と喜ぶ生徒の声。授業の最後にTELYUKAの友香さんが今後の豊富を語った。

「よりおしゃべりや感情などをSayaに覚えてもらい、家族や友達として生活をサポートする存在になるようプロジェクトを進めていきます」

Sayaと同学年にあたる鎌女の高校生たち。最初はどう話しかけたら良いか戸惑いを隠せなかったが、スタッフからのアドバイスを受け、班で話し合いながら、交代でSayaとの会話を試みた。
Sayaの生みの親TELYUKAさんに質問する生徒も。
授業の最後に生徒たちへメッセージを伝えるTELYUKAさん

(瀧戸彩花)

 


よみがえれ、草はら 
―「野焼き」が育む生物多様性・茨城県自然博物館の試み―

枯れ野を真っ黒に変える炎

 令和2年1月25日、26日の両日、茨城県自然博物館に隣接する菅生沼と小貝川の河原で「野焼き」が行われた。利根川支流の小貝川は、岸辺に自然の草はらやヤナギ林が広くみられることで有名だ。その一角に前もって幅5~10mの防火帯を切り、風上から枯れ草を囲むように大勢でいっせいに火を放っていく。枯れてわら色になったオギやヨシの原を、野焼きのオレンジの火と白い煙がすごいスピードで進んでいく。ここ数十年、毎年くり返されるこの作業の後には真っ黒な地面が出現する。

春夏秋冬で激変する草はら

 黒い地面は3月下旬にもなると草がいっせいに芽吹き、緑のカーペットを敷いたようになる。春の花が咲き乱れ、虫は蜜や花粉を集めるのに大忙しだ。夏になると緑が人の背を超し、炎天下にたくさんのトンボが飛び交い、タヌキは草のトンネル路を行き来する。秋には鳥が草の実を食べに寄り、たまに雨で増水した川の流れが草はらをなぎ倒す。そして冬には再び一面の枯野に戻る。その激しい移り変わりようは、年に一度来ただけでは見なかった季節を想像することが難しいほどだ。

「野焼き」が草はらとその生物多様性を保つ

 山火事や野焼きなどの「火と自然の関係」を日本はもちろん世界各地で研究している、岐阜大学の津田智博士は「この草はらを持続するには野焼きが役に立っている」と言う。温暖で植物の生育に十分な雨が降る日本では「野焼き」や草刈りをやめると、すぐに草はらは森に移り変わるのだそうだ。

 冬になると、草は地面近くに翌年の芽をのこして葉や茎を枯らすが、木は地上の枝に翌年の芽を付けて葉を落とす。昆虫などの小さい動物は、地面の草の芽の近くで冬を越すものも多い。「野焼き」の火は地上の木の芽と枯れた草だけを焼き尽くすので、地面近くの草の芽と種子は生き残り、草はらが保たれる。「野焼き」をする草はらは、生物多様性が高まり、タチスミレやヒメアマナなど絶滅の心配される植物の生育環境も保たれている。

「野焼きの技術」を引き継ぐ

 「野焼き」は日本全国の家畜を放牧したり、屋根を葺くカヤを刈り取ったりするために草はらで行われてきた作業で、山焼きとも呼ばれる。「野焼き」が行われてきた草はらは、九州の阿蘇や関東の渡良瀬遊水地のように、生物多様性の高い地域を代表する景勝としても有名だ。

 しかし、近年では各地で野焼きをとりやめるところが増えている。産業で草はらを利用しなくなったことや、働き手が高齢になったこと、跡継ぎがいないなどの理由で、危険な野焼き作業を主導する人がいなくなり、技術を引き継ぐのが難しくなってきているのだ。2009年には大分の湯布院で野焼きに巻き込まれ、死者4名、負傷者2名を出す大きな事故も起きた。大人から子供まで、地域の人が参加して行われる茨城県自然博物館の継続的な「野焼き」の試みは、技術の継承という意味でも貴重なものだ。

防火帯で区切った枯野に一斉に火が放たれた(令和2年1月26日、支倉 撮影)
勢いよく進む野焼きの炎、あとに黒い地面が出現する(令和2年1月26日、支倉 撮影)

(支倉千賀子)

 


「おいしく減塩」の「おいしい」罠

 生活習慣病予防のために減塩が重要なことはよく知られているが、日本人の食塩摂取量1)の推移をみると、減塩は十分に進んでおらず、平成30年の平均値は男性11g、女性9.3gであった。そんななか、厚生労働省は「日本人の食事摂取基準(2020年度版)2」」で、ナトリウム(食塩相当量)摂取の目標量を2015年度版よりも引き下げて、18歳以上男性7.5g/日、女性6.5g/日にした。さらに高血圧及び慢性腎臓病(CKD)の重症化予防を目的として、新たに6g/日未満の基準値も設けた。

 「減塩食はおいしくない」というイメージがある。しかし、ますます厳しくなった目標値を達成するには、無理なく減塩する方法が欠かせない。どうしたら「おいしく減塩」できるのだろうか。

減塩の必要性

 現在、日本人の3人に1人、4300万人が高血圧に該当3)するという。高血圧は血管への負担が高まり動脈硬化につながりやすく、血圧が高い人ほど脳卒中や心筋梗塞などの脳心血管疾患で死亡するリスクが高くなるという報告4)もある。また、日本人8,702人を24年間追跡調査した「NIPPON DATA」では、家庭での食塩摂取量が多いと心臓病や脳卒中などの循環器病を発症しやすくなり、死亡リスクが高くなる5)という。

 世界保健機関(WHO)はすべての成人の減塩目標を5gとしているが、世界基準からみても、日本人にとって食塩の過剰摂取の問題は最重要課題のひとつといえる。

「おいしく減塩」の取り組み

 減塩が進まない理由として、「減塩食はおいしくない」からと言われてきた。そこで、このイメージを払拭するために、国立循環器研究センターは「塩をかるく使って美味しさを引き出す」という減塩の新しい考え方「かるしおプロジェクト6」」を推奨している。また、消費者庁は食塩摂取量を減らすポイントは、「ふだんよく食べる食品からの食塩摂取量を減らす」(めん類のスープを残す/減塩されたものを選ぶ)、「調味料からの食塩摂取量を減らす」(食塩量が少ない調味料を選ぶ/食べる回数を減らす/使い方を工夫する)としている。いずれも、「減塩=おいしくないものを我慢して食べる」ではなく、「おいしく減塩」することを勧めている。

「おいしい減塩食」に気をつけて!

 食品・調味料メーカーも減塩への取り組みとして、「減塩でもおいしい」商品の開発を進めてきた。高血圧学会減塩委員会は「減塩食品リスト7」」を作成している。ただし、気をつけるべきだと思うのは、減塩食品を「減塩だからたくさん食べても大丈夫」とか「おいしいから」という理由で食べ過ぎてしまうことだ。「減塩」のためにめん類の汁は半分残し、漬物や佃煮、みそ汁を食べる頻度や量を減らしていたのに、「減塩モノ」に置き換えてそれをやめてしまっては「減塩」にはならない。

減塩目標の達成にむけて何ができるか

 減塩には一人ひとりが、①減塩の重要性を知ること②自分の食塩摂取量を知ること③加工品や調味料からの食塩摂取量を減らすことが必要だ。同時に、減塩は個人レベルの問題にとどまらず、産学官が一丸となり国として取り組むべき重要課題と認識することである。例えば、「加工品や調味料の食塩含有量を引き下げる」などのポピュレーションアプローチも推し進めていくことで、厳しい目標値の達成も可能になるかもしれない。