科学ジャーナリスト塾第15期の塾生たちが制作に挑み、完成させた記事(最終作品)を掲載します。今期の塾では「海」を題材としており、どの記事も海にかかわる内容となっています。作品掲載日は2017年2月15日(追加分は2月18日、3月22日)。
・深海の地形を探る ~海水との戦い~ 藤田豊
・ウナギの数が減少、地球温暖化が一因に 第15期塾生作品
・サメは人喰いか? 沼口麻子
・海に行くなら、「住民」をよく見てみて 菊池結貴子
・地震の研究に欠かせない海での調査 今野公美子
・日本ももっと海中ロボットに注目を 安藤聡子
・水族館は何のため? 高山由香
・鉄から見えた、森と海の絆 宮澤直美
・サンゴ礁の危機 安部真理子
・クロマグロの危機をビジネスが救うか? 第15期塾生作品
・海・山・川と共に生きる人は科学者そのもの 中川美帆
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「地球は宇宙より未開の地だ」と、海洋研究開発機構(JAMSTEC)広報部長の田代省三さんは言う。現在、月や火星の地形図は完全にできあがっているのに対し、地球は3割強でしかない。地球は7割が海で覆われているためだ。深海の高い水圧が海底探査を難しくし、海底の地形図は海洋全体の5%しかできていない。海水との戦いが続く海底の地形探査を探った。
海の深さの測り方
陸上の地形図は、江戸時代に伊能忠敬が行ったように、時間と手間をかけて測量すれば作ることができる。現在では航空写真やGPSの利用も可能だ。では、海底の地形はどのように調べるのだろう?
光や電波を反射させ、往復にかかる時間を測れば、距離がわかる。しかし、電磁波は海水中で急速に弱くなるため、この方法は使えない。戦前は、船舶から重りの付いた綱を垂らすという簡単で原始的な方法で、水深を測っていた。第2次世界大戦中に、軍事兵器として、海水中でも遠くまで伝わる音波を利用した「ソナー」が登場した。戦後、ソナーは魚群探知機など民生用にも使われ、JAMSTECでも研究船に搭載して海底の調査を行っている。
現在、ロボットの開発が進み、海底地形の探査にも利用できるようになった。
かわいくて賢い海中ロボット
東京大学生産技術研究所准教授の巻俊宏さんのグループは、自律型海中ロボット(AUV、Autonomous Underwater Vehicle)を開発している。AUVは自律型なので人の指示なしで動く。海上の船舶と通信用ケーブルでつなぐ必要がなく、海底での行動範囲は広い。
巻研究室の水槽実験室でAUV「Tri-TON 2」と対面した。小太りでかわいい。勝手に「亀太君」と名付けた。底面の撮影開始。ポリ容器が沈んでいる水槽の底をレーザー光で照らしながら進む。調査範囲の撮影が終了して停止。亀太君は撮影漏れ箇所がないか、しばし考え込む。次の瞬間、ゆっくりとポリ容器の側面に回り込んで撮影再開。さすが自律型の亀太君、偉い!
撮影場所の位置を記憶するAUVにより、深海の地形探査が可能になった。しかし、AUVは、海底地形図作りには費用が高すぎるし、認知度も低い。
地球から未開の地が消える日は、まだしばらく到来しそうにない。
「亀太君」Tri-TON 2を見つめる参加者
撮影:藤田豊
(本稿は、科学ジャーナリスト塾が実施した2016年11月16日の東京大学生産技術研究所見学会と同月22日の海洋研究開発機構見学会をもとにしている)
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ハレの日のごちそうとして日本人に愛されてきたニホンウナギが2014年、絶滅危惧種に指定された。養殖技術や流通技術の進歩による低価格化による消費量の増加や、ウナギの稚魚の密漁などによる獲りすぎが、ウナギが減った原因と考えられている。しかし、地球温暖化もその理由の1つとなっているようだ。その謎に迫ってみる。
ウナギは大回遊魚
温暖化の影響を考えるには、ウナギのユニークな生活史を知っておく必要がある。
川の魚のイメージが強いウナギだが、意外なことにその産卵場所は太平洋のはるか南、マリアナ海嶺のスルガ海山付近である。アジア大陸や台湾、日本各地の川で成長したウナギは繁殖期を迎えると一気に海まで下り、2500kmにも渡る旅をしてスルガ海山付近にたどり着き、一斉に産卵をする。そこで孵化した稚ウナギは北赤道海流に乗って西に進み、フィリピン沖で黒潮に乗り換える。黒潮に乗って台湾や中国大陸沿岸、そして日本沿岸まで北上してきた稚ウナギは、体長5~6cmまで成長してシラスウナギと呼ばれるころになると川を上る。この途中で捕まえられたシラスウナギが養殖池に入れられて食用に回されるのである。
産卵場所が変わって、黒潮に乗れず
このように生後と繁殖前に大海を回遊することがウナギの生活史の醍醐味だが、近年、黒潮に乗ることができない稚ウナギが増えている。温暖化によって海水温度が変わり、スルガ海山よりも南に位置する場所で産卵する割合が増えてきているのだ。そこで孵化した稚ウナギは、北赤道海流の南側に乗ってしまい、西に進んでもうまく黒潮に乗れず、逆に南向きのミンダナオ海流に乗ってしまう。体長数cmの稚ウナギに黒潮に乗り換えるほどの泳力はなく、本来の生息地であるアジアに到達することができない。こうして成長する場所を見つけられない稚ウナギはそのまま無駄死にしてしまうのである。
温暖化にともなう産卵場所の変化が、ウナギの数が減っている一因となっているようだ。
ウナギの産卵場所と孵化後の回遊ルート
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サメが話題に上ると、「人喰いザメは何種類いますか」と聞かれる。わたしがサメの取材を仕事にしているというと「どんな怖い経験がありますか」と必ず尋ねられる。
わたしはいつもこう答える。「人喰いザメというサメはいないし、サメで怖い経験も一度もしたことがない」
「サメ=人喰い」という構図は、1970年代に大ヒットした映画『ジョーズ』が発端だ。その影響により、メディアがサメを話題にするときは、こぞって恐怖心を煽る演出をするようになった。その洗脳とも言える間違ったサメ情報を否定し、正しいサメの情報を積極的に流さなければ、わたしたちのサメに対する誤解はいつまで経っても払拭されない。
わたしは「シャークジャーナリスト」と名乗り、サメだけに特化した情報発信をしている。馬鹿げているように思えるかもしれないが、真面目だ。世界各国を訪れて、自ら体験したサメとの出会いをありのまま記事にしたり、漁師や科学者に密着取材してレポートしたりする。それでもサメと対峙する人々からもサメが怖いというエピソードは聞いたことがない。
現在、世界中には500種類以上のサメが存在する。手のひらサイズにしか成長しないもの、プランクトンを食べるもの、深海で美しい光を放つもの。サメを紐解いてみると、人喰いとは無縁の多種多様さが伺える。けっして、人を襲うだけがサメじゃないのだ。 「そうは言っても、サメに襲われた人はいますよね」。そう思われるかもしれない。
そもそも海は人間の生活環境ではない。例えば、自宅の庭に得体の知れない宇宙人が立ってこっちを凝視していたら、あなたはどうするだろうか。わたしだったら、セキュリティ会社に電話をかけるか、なるべく宇宙人を刺激しないように安全な場所へ一目散に逃げるだろう。自宅や家族を守りたい人は、追い払う方法を考えるだろう。腕っ節に自信があれば、一か八か、武器を片手に戦いを挑むかもしれない。
サメも然り。海という日常の生息環境の中に、突如としてみたこともない生物である人間が現れたとしたら。恐怖のあまり、その場を去るか、または攻撃してきてもおかしくはないだろう。みたこともない海洋外生命体を専門的に食べるサメなどいないのだから、人喰いザメは存在しないのだ。
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海を「見て」楽しむ
レジャーの季節に海辺を訪れたとき、海をどのように楽しむだろうか。水着に着替えて浮き輪を持ち、水遊びを楽しむのも良いが、ここではあえて水に入らず、海を「見る」という楽しみ方を紹介する。海の中にはたくさんの「住民たち」がいる。彼らにとって、海は日常を過ごす住まいである。その生活を覗いてみるのだ。
気付きづらい生き物
浅瀬を上から覗いた写真の中にいる住民を探してみよう。
神奈川県三崎市の海。クリックすると、貝がいる場所に矢印が示される。
撮影:菊池結貴子
手前の岩にいくつか丸いものが張りついている。貝の仲間だ。カサガイやヒザラガイという種類で、多くの場所で見られる。触っただけでは動かないほど強固に岩肌に張りついている。そのため岩と同化し、気付かないことが多い。また、イソギンチャクや、岩に張りついて生きる甲殻類に出会うこともある。
さらに、目を凝らして水中を見てみよう。岩やコンクリートの入り組んでいるところや、海藻が生えている岸壁には魚がいることが多い。水面が反射するので見づらいが、慣れるとすぐに見つけられるようになる。
動きでわかる魚のオスとメス
写真の中には、2匹の魚も見える。ハゼの仲間だ。ここで「魚がいた」で終わらせず、根気よく見続けてみてほしい。魚はよく動くので、見ているとその種類の特徴がわかってくる。写真の魚は、熱帯魚のような派手さはないが、ちょんちょんと少し跳ねるように泳ぐ姿が愛らしい。
魚が複数いれば、追いかけあったり、攻撃しあったりするようなけんかの場面を見ることもできる。それらはオス同士だ。魚には、オスとメスで見た目が変わらない種類が多いが、けんかをするのはオス同士がほとんどなので、動きを見て性別を知ることができる。けんかの理由はなわばり争いや、メスの取り合いなどだ。
また、時には、上から見てもわかるほど腹部がふくれた個体に出会うことがある。産卵に向けて卵を用意しているメスかもしれない。その種類では、近いうちに産卵期がやってくるということが、見ただけでわかるのだ。
生き物をしばらく見つめてみると、さまざまな発見があり、きっと面白くなってくるはずだ。せっかく海辺へ出かけるのならば、普段出会えない海の住民にも目を凝らして、海をよりいっそう楽しんではいかが。
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「地震の研究には海での調査が必要だ」と言われても、多くの市民はピンとこない。しかし、陸のプレートと海のプレートの境界にある日本列島は、プレートがぶつかる部分で起こる「海溝型地震」の恐れに常にさらされている。1923年の関東大地震、2011年3月の東北地方太平洋沖地震、そして30年以内の発生確率が70%といわれる南海トラフ地震も海溝型地震である。どのような周期でどの程度の地震が起こり得るのか、危険性が高まっている場所はどこなのか。予測するには、海底からのデータが欠かせない。
日本付近の海底には、国や大学などが観測網を張り巡らせている。海底の地震計からは、地震の規模や頻度がわかる。探査船から音波を出し、その反響具合で海底下の地殻構造を解析できる。観測船の位置を全地球測位システム(GPS)でとらえ、さらに海底の装置との距離を音波で測れば海底の東西南北への動きを測定でき、水圧などからは隆起や沈降もわかる。これらの調査から、地震につながる「ひずみ」がたまっている領域などが推測できる。
いま地震学者に注目されているのが、地震のような揺れを生じずにゆっくり断層がすべる「ゆっくり地震」と呼ばれる現象だ。地震計ではとらえることができないが、海底の移動方向や距離などをみれば、ゆっくり地震が起きたかどうかがわかる。ゆっくり地震により、その場所のひずみは解消されるようだが、周辺では逆に大きな地震が起こる可能性が指摘されている。
ゆっくり地震の研究は始まったばかりだ。影響を見極めるには、海での観測例を積み重ねていかなければならないという。全国1000か所以上で常にGPS観測ができる陸上と違い、海では船を使うので、観測地点も観測頻度も限られる。調査費用もかかるため、無人で観測できる仕組みづくりなどが必要になると専門家は言う。
私たち科学ジャーナリスト塾生は2016年11月22日に海洋研究開発機構(JAMSTEC)で最新探査船「かいめい」などを見学した。その日は午前6時前に福島県沖で最大震度5弱の地震が発生し、仙台港で1.4メートルなど各地で津波が観測され、緊張が高まった日だった。JAMSTECの船2隻がすぐ震源地に調査に向かうと聞き、海での調査の必要性を肌で感じることができた。
最新の科学研究は、専門家以外には理解するのが難しいが、活字メディアで仕事をする一人として、難しいことをわかりやすく、そして正確に書くことに挑戦し続けたい。
海底下の地殻構造を調査できる探査船「かいめい」=2016年11月、神奈川県横須賀市のJAMSTEC
撮影:今野公美子
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多様な用途、経済的にも優位なタイプ
東京大学生産技術研究所の巻俊宏准教授を訪問し、研究中の海中ロボットのデモンストレーションを見せてもらうとともに、この分野の研究の概要と現在直面している状況をうかがった。思いがけないことに、国内でのこの分野の研究の注目度は高まっているとは言えないという。世界第6位の排他的経済水域をもつ日本なのだから、海に関する技術開発をもっと活性化すべきではないだろうか。
海中ロボットには有人のロボットや、無人であっても人が操縦するロボットなどもあるが、今回お話を伺ったのは、自律型無人潜水機(Autonomous Underwater Vehicle、AUV)に分類される。AUVは、ロボット自身が必要な情報を収集し終わっているか、またエネルギー補給が必要かなどを判断できる。そのため、人間が到達できないような危険な場所での資源探索、生物研究など多様な用途が考えられるとともに、経済的にも優位性があるという。
海洋資源探索に生かせる高度な技術
日本の科学研究の取り組みの方向性に大きな影響を及ぼす科学技術基本計画の中でも海洋に関する技術開発などを推進することが宣言されているので、さぞ日本の海中ロボット研究も注目されているだろうと思っていた。だが、巻准教授によると市場が小さく、国内メーカーが育たず、認知度が低いなどの厳しい環境にあるそうだ。
それは論文数の推移からもうかがえる。世界全体で約25年間にわたって論文数が伸びている傾向と比較すると、国内では研究への注目度が高まり続けているとはいえない。
陸上のロボット運用に比べ、AUVは海中という厳しい環境であるがゆえに直面する技術的な課題があるとともに、ロボットの維持、管理自体にも費用がかかるという。とはいえ日本近海には豊かな海洋資源が期待できるエリアがある。また日本にはロボットや船舶関連での高度な技術資産もある。最近異分野技術の融合によるイノベーションの加速化が叫ばれているが、この分野にも是非適用してほしい。
Web of Science Core Collection 2017/1/20(Clarivate Analytics)より作成
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水族館で何を学べばよいのか? およそ半年に渡る日本科学技術ジャーナリスト会議の科学ジャーナリスト塾で海についてさまざまな立場の人に話を伺い、一つの仮説を立てました。「水族館は人間が地球とのかかわり方を自分なりに見つけるための箱庭である」と。はじめのうちは、可愛い生き物や不思議な展示に目を奪われることでしょう。何度か訪れ地球環境や生物の多様性に触れることで自然と、一人ひとりの取るべきかかわり方が見えてくることでしょう。
トラブルの原因は「一方的な甘え」
「地球上の全ての生物は海で生まれた。海は生命の源だ」と、教科書にあります。生まれた場所を実家と呼ぶならば、海は実家に例えられるでしょう。
独り暮らしの部屋が荷物で溢れたとき、不用品をとりあえず段ボールに詰めて実家に送ったことがあります。この延長線上に、海洋投棄があります。廃棄の手間や捨てることへの罪悪感も無く、目の前からガラクタが消えて私はスッキリします。しかし実家では確実に場所を塞ぎ、迷惑になっていました。
他にも、実家に帰省した折に「食材の宝庫だ」とばかりに勝手に料理をたくさん作ってしまった思い出があります。使えそうなものがたくさんあると、不思議と無駄づかいしてしまうという心理です。これを海に置き換えると、魚介類や石油といった資源の乱獲と重なるでしょう。
どちらも、片方が一方的に相手に配慮無く頼る状態、つまり甘えが原因とまとめられます。
ヒントは水族館にあり
では解決法はというと、「自分の行いを自覚する」ことに尽きます。でも、漠然としたイメージを持つだけでは自覚ができません。そこで、まずは水族館へ足を運んでみてはいかがでしょうか。
私たちにとって水族館は身近な存在です。日本では大小合わせると120館以上が運営されています。
水族館へ行ったら、ぜひ姿や形が奇妙な生物を探してください。たくさんいるはずです。彼らは、水中という異世界に暮らす異形の住人です。いかに私たち人間、特に自分自身と違っているかを観察してください。相手との違いを知ることが、自分の輪郭を知ることも助けてくれます。
波打ち際の向こうは呼吸のしかたさえ違う異世界です。海は彼らのテリトリーなのです。
大海にも「お邪魔します」の気持ちで
海の中は外国よりも異世界です。適切な距離感を持った付き合いが必要です。では、その距離は具体的にどのくらいと考えたらよいでしょうか。
一つの目安として、「お邪魔します」の気持ちを持つことで、心理的に程よい距離感が生まれます。まずは水族館で、海と人間がつきあう上での丁度よい距離を体感してみませんか?
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「生命は海で誕生した」と言われていますが、その海が実は「貧血」状態だということを皆さんはご存知でしょうか。昨年は海に関する見学会に複数参加する機会があり、その一つで、東京湾の水質再生プロジェクトを進めている東京海洋大学の佐々木剛准教授から「海は慢性的に鉄不足だ」と聞きました。調べてみると、陸の生物とも関係の深い話だったのでご紹介します。
鉄は生き物の必須元素
鉄は、私たちの体に欠かせない栄養素の一つです。私たちは酸素を利用して生きていますが、血液中のタンパク質が酸素を運ぶときに鉄が使われています。鉄が不足すると酸素を十分に運べず「貧血」になってしまいます。また、植物が行う光合成にも鉄が欠かせません。“食物連鎖は鉄が無くては始まらない”と言っても過言ではないのです。
海の鉄不足は酸素のせい?
地球は鉄の惑星と言われるほど、鉄が豊富に存在します。その星の生物が鉄を利用して生きているのも納得です。ではなぜ、生物が誕生したはずの海が鉄不足と言われるのでしょう。
実は、海中にあった鉄は、沈殿して鉄鉱石となってしまったのです。その昔、光合成をする生物が誕生し、酸素が大量に存在するようになりました。海に溶けていた鉄は酸素と結びついて沈殿し、長い年月をかけて鉄鉱石となりました。その後、ある生物は酸素を利用する方向に進化し、さらに、酸素は上空でオゾン層を形成しました。われわれが陸上で生活できるのはこのためです。こうして、生物の陸への進出の大前提となった酸素によって、海は鉄不足になりました。
海の鉄は陸から
では、現在の海の生物たちは、鉄をどこから得ているのでしょう。主に陸から供給されています。中でも、元北海道大学教授の松永勝彦さんによれば、森林の土壌に含まれる「フルボ酸」という物質が、鉄を安定に溶かして海まで運び、海藻類にも吸収されやすいということです。
近代化にともない、森林破壊が進む近年、海の鉄不足が原因の一つとなり、「海の砂漠化」とも言われる「磯焼け」の現象が各地で発生しています。今から28年前、気仙沼の漁師、畠山重篤さんは、海のためには森を育てることが大切だと直感して仲間と植林を始めました。その後、松永教授の研究により科学的な裏付けを得て、活動は全国に広がりました。平成13年に施行された「水産基本法」では森林の保全まで言及されています。先述の佐々木准教授も、岩手県宮古市で、森・川・海のつながりをテーマとした教育活動を続けています。
海の鉄不足と供給のイメージ
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サンゴという動物が長い時間をかけて作り上げるサンゴ礁という地形。かつてサンゴ礁のサンゴはふみつぶしてもすぐに生えてくるほど沖縄には豊富に広がっていた。このサンゴ礁は海のめぐみとして海産物を私達に提供し、また台風や高波を和らげる防波堤の役割も担う。近年このサンゴ礁にはいくつもの脅威が迫っている。開発行為に伴う赤土の海への流入、埋め立てによる消失、オニヒトデなどの食害生物による被害、海洋酸性化、高水温等による白化現象などが原因である。
台風は人間にとってやっかいなだけではなく、恵みももたらしてくれる。その1つが海水温の上昇を抑えることだ。真夏に強い光でを浴びて上がってしまう海水温をかきまぜて低下させていることだ。この効果はサンゴにも深く関係している。サンゴが生きられる適切な水温は18度~30度である。30度を超える日が長く続くと、共生している褐虫藻という小さな藻が出ていってしまい、色が白くなり、栄養が取れなくなってしまう。その状態が2〜3週間以上続くと、サンゴは死滅する。じつは、このようにして台風の到来が遅かった2016年の夏は多くのサンゴが死んでしまい、日本で最大と言われている石西礁湖では約7割のサンゴが死んでしまった。
大きな危機は沖縄島(沖縄本島)北部の辺野古・大浦湾のサンゴ礁にも迫っている。この海域のサンゴ礁も2016年夏の高水温などによる影響を受け、生きているサンゴも減り、サンゴ礁に生きる生き物たちも減ってしまった。そこにさらなる追い打ちをかけているのが米軍普天間代替施設建設事業である。
この海には262種の絶滅危惧種を含む5334種もの生物が記録されている。国の天然記念物であるジュゴンも含まれている。この生物多様性豊かな海に、米軍普天間飛行場の移設計画が1990年代から持ち上がり、今日まで大きな問題でありつづけている。この海域の生物多様性の豊かさは国内外で認められているにも関わらず、計画は進んでいる。
防潮堤を作る技術をいくら磨いても天然の防波堤にかなうものはない。サンゴの移植技術をみがいてもサンゴ礁という地形の再生には寄与できていないのが現実だ。それなのになぜ天然の防波堤であるサンゴ礁を壊す計画がまだあるのか疑問である。
2016年末より海上の作業が再開され、2月6日より汚濁防止膜の設置という名目のため大きなコンクリートブロックが次々に投下されている。サンゴ礁への影響は明白だ。日本政府は直ちに工事をやめて、日本の財産としてこの海を守るべきである。
年1回のペースで続けている辺野古沖の定点観測の結果。「サンゴ被度」は生きているサンゴが海底を占める割合のこと。水色グラフは水深3mの浅場での調査、青色グラフは水深10mの深場の調査結果を表している。初回の調査は1998年6月に実施したため健全なサンゴ礁の状態を記録できたが、1998年の夏は世界規模の大きな白化現象が起こり、翌年からは被度が低い状態が続いていた。2008年頃から再び復活の傾向となっていたが、2016年の夏の影響を受け再び被度が下がっている。
(沖縄リーフチェク研究会、日本自然保護協会のデータ提供による)
白化しているキクメイシ。
撮影:安部真理子
この海に暮らすジュゴンとウミガメ。両方とも絶滅危惧種である。
©東恩納琢磨
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「近大マグロ」。近畿大学水産研究所の完全養殖によるクロマグロだ。研究から32 年の年月を経た2002 年、卵を人工ふ化させて成魚まで育て、その成魚をふ化させることに成功した。その間、研究者たちは生態もよく知られていなかったクロマグロを徹底して観察。人工ふ化した稚魚が突然死する原因を突き止め、飼育環境を変える様々な対策を講じた。こうした研究成果を経て、近大マグロの量産化や市場化が始まっている。
2012 年時点での太平洋クロマグロの資源量は 2 万 6000 トン。1960 年に比べて約 8 割減の落ち込みぶりだ。2014年には国際自然保護連合が絶滅危惧種に指定した。養殖マグロも流通しているが、天然の稚魚を捕獲して養殖する方式のため、乱獲すれば資源量を減らすことになる。資源の枯渇は喫緊の課題となっていた。
そこで近畿大学が完全養殖に挑み、成功を収めた。2015年には、豊田通商と組んで大量生産に乗り出し、2020 年に年間 30 万尾の稚魚を生産する計画を発表している。日本国内の養殖需要の半分に相当する量である。
近畿大学は稚魚を供給するだけでなく、成魚まで育て、「近大マグロ」として販売してもいる。養殖魚専門の料理店「近大卒の魚と紀州の恵み 近畿大学水産研究所」では、近大マグロをお造りなどで提供。気になる味は、クセもなく脂がのっていて美味しかった。近大は「社会に対して率先して養殖魚の価値を問いたい」(研究所HP)としている。
研究にとどまらず、ビジネス面からもクロマグロの危機に対して取り組む近畿大学の今後を注視したい。
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過去の日本に通じる南極の生活
日本は高度成長期、「自然環境から離れる暮らしが現代風」という気運があった。集落の山、川、海を利用し、生きるために必要なものを自ら用意する暮らしは減っていった。
過去の日本の暮らしは、いま南極で行われているようだ。科学ジャーナリスト塾の課外授業でお聞きした、南極に赴任したハウスメーカーの方のお話からそれが伝わってきた。
研究はマイナス30度を超える氷に閉ざされた場所で行われる。設備のトラブルとなれば、自分で対処しなくてはいけない。家事も自分で。極寒の厳しい環境でささやかな楽しみは食事や宴会だと言う。花見も行う。
南極での暮らしは、日本人が忘れた暮らしと重なる。普段は田畑を耕し、牛を育て、魚を獲る。そんな人たちが年中行事では、司祭をつとめ神楽や歌舞伎など余興も演じる(写真1、2)。
農作業は科学者の営み
自然と共に生きる人たちの営みは、科学の視点と切り離すことができない。
ノーベル賞受賞者の大村智さんは「研究を支えた基礎は、幼少の頃の農業の手伝い」と言う。そしてこうも。「農作業は、科学者のやることなんですよ。気候を気にする、温度を気にする、それから水分がどうであるかとか」
農作業は海、山、川と一体になる営みだ。季節の変化は人びとを待ってくれない。竹の縄づくりでは竹の収穫期はわずか三日。早いと縄が弱くなり、過ぎれば硬く作業がしづらい。的確な判断と効率的な作業の繰り返しが求められる。
自然と共に生きた先輩方の暮らしは科学者の研究の仕方と同じだ(写真3)。
自然と共に生きる暮らしを今に残す島
奄美群島は古い日本の文化を今に残す場所だ。旧暦で年中行事を行う。深い山の懐に集落があり目の間に海が広がる。川や湧き水にも恵まれている。 日本の歴史の大きな局面にも登場する。明治維新を牽引した薩摩藩の財源は、薩摩藩が奄美の人々に強いた圧政によるところが大きい。太平洋戦争のときは大島海峡の浦々に海軍の要港や特攻基地がつくられた(写真4)。
自然、そして歴史が一体となった先輩方の知恵や生き方を今に残す場所と言えるかも知れない。
厳しい環境の暮らしがニーズをうみ、技術革新をもたらす。そうした歴史をもつ土地に、わたしたちは住んでいる(写真4)。
日本は海に囲まれた島。海も山も川も豊富な土地。地震などの自然災害も経験してきた。多様な科学者が生きてきた記憶を残す土地なのだ。そこにある智慧を学ぶことが、今を生き抜くヒントになる。
(写真1)2015年に鉄骨から木製に改築されたアシャゲ(集落の神まつりを行う建物)。普段は大工ではなくバスの運転手をしている集落の区長が製図を引き、立て替えた。アシャゲの横の道は海につながり、反対側は山につながる。加計呂麻島・須子茂にて。
(写真2)上:旧暦8月に行われる豊年祭での演目「稲すり節」。稲の収穫のあとスルシ(稲すり臼)で籾を摺る様子を模している。中央の笠をかぶっている人がスルシ役。単純作業の籾摺りが鮮やかな色の衣装と動きで表現されている。豊作の願いや収穫の喜びが、いかほどかしのばれる。奄美大島・油井にて。下:スルシ(木製のすり臼)。上下に二つの臼を重ね、上の臼の横棒を持ち回転させ揉みを摺る。左は奄美市立奄美博物館展示品。
(写真3)大島紬の独特の光沢と深みのある黒色は、絹糸に田の泥(鉄分)と車輪梅の煮出し液(タンニン)で何度も繰り返し染めることでできる。世界の中でも奄美群島だけで行われている技法。奄美市立奄美博物館展示写真。
(写真4)上左:奄美群島の集落は目の前に海が開き背後の三方を険しい山に囲まれている。加計呂麻島・須子茂にて(地形模型の①)。上右:入り組んだ海岸線の奥まった入江に集落がある。奄美大島・大和村にて(地形模型の②)。下:加計呂麻島の地形模型(奄美市立奄美博物館展示模型にキャプションを追加)。